ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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SAO
~絶望と悲哀の小夜曲~
終焉
「…………………………………………」
重い目蓋を開けたら、視界の中に一杯の紅色が飛び込んできた。薄く透明感のある、綺麗な血色。
だが、視界全部とは何だ、全部とは。あんまり心穏やかには絶対になれない場所である。作ったヤツの顔を見たい。
上体を起こしたレンは、ひとまず周囲を確認した。そして、分かったことが一つ。
レンがいるのは縦横十メートルくらいの、小さな部屋。
だが内装は良く、レンが横たわっていたのは絵本に出てくるお姫様が寝起きしているような、天蓋付きベッド。サイドテーブルに置かれているのは、芳しい香りを放出している瑞々しい花と、一つゼロがいくつ付くかも分からない、超高級そうな花瓶。
だが、そこまではよかった。
少なくとも、路上に放って置かれているよりはましだろう。だが問題だったのは、レンが最初に視認した天井の色は、部屋の四方八方全部だったのだ。壁はともかく、床まで透明度の高い血色の物質でできている。
透明度が高すぎて、この部屋が有に二百メートルはある空中にあることが分かった。正直、高所恐怖症の方には絶対にお勧めしたくない物件だった。レンでも、少し落ち着かない気分になってしまう。
だがここに来て、レンはあれ?と思った。アインクラッドはその構造上、絶対二百メートルを越す建築物は存在しない。と言うか存在できない。
だが、この部屋から見た地面は絶対に二百メートルはある。なぜ?
「それはね、レン。ここがこの城の天辺だからだよ」
鈴を転がしたような声が響く。
そんな、ありえない、とか断片的な思考が脳裏をよぎる。
しかし、ゆっくりと振り向いたレンの眼前にいたのは、穏やかに笑うマイと巫女服衣装のカグラだった。
「………………ぁ」
眼をこぼれんばかりに見開かせるレンを、マイは面白そうに見て隣に立つカグラに言う。
「ほら、やっぱり驚いたでしょ?」
「くすくす、ホントですね」
ころころきゃっきゃうふふと笑い合う二人を前に、レンはやっと再起動した脳からどうにか単語を搾り出した。
「な……なんで…………」
レンの表情を見、マイはどことなく悪戯っぽそうな光を金銀の瞳に宿らせて言う。
「その前にレンは、マイに言う事があるかも」
むぐ、と口をつぐんだレンに後ろのカグラが面映そうに笑いかける。
数秒後にレンがひねり出した言葉は、所々つっかえていた。
「ご、ごめん、マイちゃん。黙って家を出て───」
途中で止まったのは、マイが右手の人差し指をフワリとレンの唇に押し当てたからだ。
「マイ、だよ」
有無を言わさぬようなその言葉に、レンは背中に嫌な汗をだらだら流しつつ、首を高速で上下に振りながら続けた。
「ま、マイ。本当にごめん」
そこまでどうにか言えて、ほっとしたのも束の間。こつん、とマイが額に小さな拳をぶつけた。
「いいんだよ、バカ」
そう言ってマイはレンの手を握り、部屋にあるテラスへと誘う。
後ろでは穏やかに微笑を続けるカグラが。
「わあぁ………!」
歓声を上げる。外は絶景だった。
まず、空が見えた。
当たり前のようだが、実はアインクラッドでは空と言うものを目にする機会が異様に少ない。あるのは、ボス戦を終えた後に次層へと続く外階段を登る時くらいなものだ。それすらも、鋼鉄の魔城の側面に遮られて半分くらいしか見ることが叶わない。
おそらく、二年ぶりに見た全天の空は、燃えるような夕焼けだった。
どこまでも続くような夕焼け空。
鮮やかな朱色から血のような赤、深い紫に至るグラデーションを見せて無限の空が果てしなく続いている。
微かに風の音がする。
その風の音に混じった、微かな───
崩壊音。
それだけで、レンは今現在の状況の大体が解かった。解かってしまった。
体の中を満たすのは、とうとうこの時が来てしまったのかと言う諦観の念。訳もなく高まっていた体温が、内側からすぅーっと冷たくなっていく。
「………そっか。とうとう……終わっちゃったんだね」
レンが呟いたその言葉に、背後のカグラが沈痛そうにその端正な顔を歪め、ゆっくりとレンとマイ、二人の前に跪く。
「お二人と共に過ごせた数週間、とても幸せでした。私、カグラ、本日を持って任を返させて頂き、永遠の暇を頂戴いたします」
日本刀のような鋭さがあったその声に、もう鋭さなど欠片もなかった。
あるのはただ、別れるのが辛いと言う一人の悲しみの声。
だからレンは、その声に穏やかに笑って返した。
「うん。ありがとう、カグラねーちゃん。今まで一緒に過ごせて、楽しかった」
きらり、と、深く下げたカグラの顔から水滴が零れ落ちる。
それは宝石のような美しさで、しかし流れ星のようにあっさりと床に落ちて消える。
「ありがとう……ございました…………」
パシャアアァーン!
言い切ったカグラの体が、ポリゴンの欠片となって四散した。それをどこか悲しげに見ながら、マイはポツリと言う。
「ありがとう」
外に出たい、と言うマイに連れられて外に出たレンは、今出てきた建物を振り仰いだ。
巨大だ。果てしなく巨大だ。
華麗な尖塔を持った巨大な真紅の宮殿。ゲームが予定通り進行すれば、攻略組プレイヤー達はあそこで魔王ヒースクリフと剣を交えることになっていたのだろう。
その巨大な宮殿を、レンとマイは二人してしばらく見つめていた。
柔らかな晩秋の風に混じる、崩壊という名の雑音は確実に増していた。
何かを言わなくてはならないと思いつつも、全く言葉が口から出てこない。薄っぺらな脳内国語辞典が、こう言う時だけ恨めしい。
「……………レン」
不意に、マイが声を発した。
「何かマイに言いたいんじゃないの?このままじゃ、待ちくたびれちゃうかも」
くすりと笑うマイを見て、レンの中からやっと言葉が浮かんでくる。
「………僕は───」
「………………………………?」
無言で首を傾げて待ってくれているマイに、とうとうレンは心の奥からの、本音の言葉を発した。
「ずっと一緒にいたい!」
叫んだ後、レンは自分の中にある何かの堰が切れたのをはっきりと感じ取った。
「ずっと一緒に暮らしてッ!」
それは───
「ずっと一緒に笑ってッ!!」
絶対に叶うことなどない───
「ずっと一緒にいたいッ!!」
空しくも、暖かな願い。
そんなことは叫んだ本人だって、どうしようもないくらい分かっている。
この世界から脱した瞬間、自分はまたあの灰色の世界に閉じ込められて、ここでの思い出がいつの日か、同じ灰色に染まっていくことも。
だけど、叫ばずに入られなかった。
そうでもしないと、自分が壊れてしまうから。
ぼろり、とレンの瞳から次々と血が流れ出す。
涙という名のその血は、どこまでも透明で、どこまでも美しかった。
それらは次々と地面に落ちては、消えていく。この世界での思い出のように、消えていく。
無に帰っていく。
全て、帰っていく。
「いやだ………帰りたくない。あそこに戻るくらいなら、死んだほうがいぃ…………」
嗚咽を洩らしながら出た、心の底からの本音。その間も、血という名の涙が、落ちては消えていく。
その体を、ふわりと柔らかな感触が覆った。
マイが抱きついてきた。
一瞬、ホワイトアウトしかけるレンの意識の片隅で、マイの声が聞こえる。
「ありがとう、レン」
幼い響きのその声は、それを皮切りに叫び始めた。
「マイと一緒に暮らしてくれて、ありがとう」
それは───
「マイのわがままを聞いてくれて、ありがとう」
血を吐くような地獄を見てきた───
「マイに付いてきてくれて、ありがとう」
幼くも───
「マイを拾ってくれて、ありがとう」
真っ白な───
「マイと一緒に笑ってくれて、ありがとう」
少女の───
「マイと一緒にいてくれて、ありがとう」
真っ白な───
「いっぱいいっぱい、ありがとう!」
感謝の言葉だった。
「………ぁ………………」
ごォぉぉォォーン!!!という地鳴りのような音が轟き、地面に亀裂が走った。
抱き合ったままで互いの表情は見えないが、泣くレンはマイが微笑したのをはっきりと感じた。
「………ありがとう」
耳元で、囁くような声。それがトリガーとなっていたかのように、レンの意識が急速に混濁し始めた。
レンという存在、マイという存在を形作っていた境界が消滅し、二人が重なっていく。
魂が溶け合い、拡散する。
消えていく。
消えていく。
消えていく。
どんどん暗くなっていく視界の中、レンは───
猫の鳴き声を聞いた。
───────────────────────────────────
そこは、真っ白な空間。だが、宙に浮かぶ無限とも言える数のウインドウはただただ砂嵐を映している。
そこに、マイがいた。一人ではない。向かいには、真っ黒な子猫。
「やれやれ、やっと終わったか」
その子猫が、喋った。深みのある成人男性の声だ。
「あのお方の出す問いにはいつもはらはらさせられるが、今回のは特別だったな」
その猫を一瞥し、マイは言う。
「………そろそろ元の姿に戻ったらどうなの?気持ち悪い」
余りにも冷たいマイの姿をしたモノの言葉に、子猫はくすりと笑って肩をすくめた───ように見えた。
その姿が見る間に変わって、瞬きする間に人間の姿をとる。長身のその影は、鴉のような漆黒のタキシードを着ていた。
「つれないなぁ。まあ私としても、この姿のほうが動きやすいと言ったら、動きやすいのだが」
そのタキシード男の言葉を、きっぱり無視するマイの姿をしたモノ。
「……こんなことをさせて、あの人の考えてることが解かる?」
「解かるはずがないだろう?天才の考えることは、凡才には解かるはずもない」
飄々と答える男の態度に、苛立ちさえも見せずにマイはどこか遠くを見る。もちろんその方向には何もない。
そんなマイなどお構い無しに、男は一人、舞台俳優のように叫んだ。
「さてお待たせいたしました!次なる舞台は、妖精乱れる妖精郷。恋焦がれる少年は、囚われの姫を救い出すことが叶うのでありましょうか!それでは、お席を立たずにお待ちくださいませ……………」
そう男が言い切ると、画面が見る見るフェードインしていく。
そして───
全てが暗闇に消えた。
後書き
なべさん「はいはい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「やっと終わったー」
なべさん「終わったねぇ。長かったぁ」
レン「おつ」
なべさん「思い返せば、初めて書いてから半年と三ヶ月。ホントに飽き性の気がある自分がよく続いたなぁと本気で思っちゃうよ」
レン「まったくだ。えーと、それじゃあお便り紹介いっちゃうよー」
なべさん「あいよ」
レン「今回来たのは、常連の月影さんと、ルフレさん、それから初投稿のN.Cさんからだね。月影さんからは、精神死についてのことだったね。アレって結局どういうことなの?」
なべさん「うーん、俺も詳しくは調べてないんだが、どうも熱心な宗教者の体に現れる《聖痕》というものらしい。例として言えば、キリスト教信者の体に、キリストが磔にされた時につけられた傷と同じようなものが現れるってことだ」
レン「はーん、なるほど。それが元ネタッつーかルーツみたいな感じだと?」
なべさん「そ。ようするに限りなく脳内で強くイメージされたことは、現実の自分の体にも反映されることがあるってこと」
レン「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいね♪」
──To be continued──
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