ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
SAO
~絶望と悲哀の小夜曲~
Last Game
粉塵が舞い、衝撃音が鼓膜を貫き、衝撃波が顔を叩く。
キリトはアスナをその手の中に抱きながら、目の前の光景が信じられなかった。
同じ人間とは思えない、ヴォルティスとヒースクリフ改め茅場との激闘。
状況が二転三転する中、キリトの心に浮かんだのは不思議と穏やかな称賛と、少なからずの嫉妬だった。
いつか自分もこうなりたい、と思う純粋で光り輝くような嫉妬心。
二人がぶつかり合うたびに空中に拡散する、紅と白銀の残滓は素直に綺麗だ、と思えた。それほど両者の戦いは見事だった。
通常、SAO内での戦闘と呼ばれる代物は、およそ本当の意味での戦闘とはかけ離れたものだろう。仕方のないことかもしれないが、デスゲームたるこのSAO内では必然的にパーティプレイが多い。
そのため、モンスター相手の時はどうしてもリンチのような図になってしまうのだ。
そして、その図から抜け出したキリトを初めとするソロプレイヤーの戦闘も、形は変わりこそすれどもそれと同じような戦闘スタイルだ。
ソロプレイヤーにとっての最重要テーマは、いかに相手を出し抜くか、と言うことだ。そのため、倫理的観念の許す限りの方法をソロプレイヤー達は編み出してきた。
最もポピュラーなものはと言えば、フィールドの土などを使った目潰しや、相手をひきつけたりするシステム外スキル《ミスリード》などが上げられる。
これらを見ると分かることなのだが、今現在行われているヴォルティスと茅場のような正々堂々、真っ向正面からぶつかり合うことなど、アインクラッドでは滅多に見る事のできない光景だ。
なぜこのような、終わった後の爽快感も倍増しになるような戦闘が日常的に行われないのか。その理由は余りにも単純だ。
危険が大きいからである。
真っ向からバカみたいに突っ込んでいけば、自らの命をわざわざ縮めるようなもの。
大衆のそんな考えに、キリトもそう考えていた。
この戦闘を見るまでは。
飛び散る閃光は、いよいよ激しさを増し、茅場の紅の過剰光とヴォルティスの白銀の過剰光が衝突するたびに、びりびりと空間が悲鳴を上げて黒曜石でできた床や壁、天井に亀裂が走る。
誰もが、息すらできずにこの戦いを見守っていた。
そして、その誰もが思っているに違いない。かつて、これほどまでの戦いを自分は見たことがあるだろうか、と。
その答えは恐らく、全員共通だろう。答えはNOだ。
その時、その戦いに眼を奪われていたキリトは見た。壊れた人形のように、糸が切れた操り人形のように床に力なく倒れていたレンが唐突に起き上がるのを。
それは変な起き上がり方だった。
普通、人間の起き上がり方と言うのは、片腕を地面に付いてそれを支点として起き上がる。
だがレンは、まるで糸がついているかのように、倒れていた体勢のまますいーっと音もなく起き上がったのだ。
壮絶な違和感。
まるで倒れた時の映像の逆再生を見ているような気分になった。
腕の中のアスナも同じようなことを思っていたのか、体が強張る。
そんなキリトとアスナの眼前で唐突に、突然にレンの服が───
溶けた。
なくなったとかではない。ポリゴンの欠片となって四散したわけでもない。固体が液体になるように、どろっと溶けたのだ。血色のフードコートは同色の半固体状となってレンの体に纏わりつく。
艶やかな漆黒のロングマフラーは、同じように半固体状でレンの頭の部分に絡まる。
そしてそれらは、服装で隠されていなかったレンの生身の部分を全て覆い隠した。
だが、レンの輪郭だけはかろうじて留まっている。
それは、異常な光景だった。
そのレンの以上に感化されたように、戦況にも変化が訪れた。それも、最悪の変化が。
戦闘の最中、何かを呟いていた茅場はさっと顔を上げると同時に声高に叫んだ。
「Wearing Enhanced Armament《THE STRIFE》!!」
滑らかな英語発声の後、茅場の巨剣とヴォルティスのハンマーもどきの間の空間が不自然に揺らいだ。歪んだ、と言ってもいいほどに。
その空間を割るようにして現れたのは、まるで巨大なエメラルドの原石を削りだしたかのような、ひときわ純粋なグリーンに輝く──盾だった。
巨大だ。身長二メートルを誇る巨漢のヴォルティスの等身大ほどもある。
そして、周囲の空間を歪めるほどのプライオリティ。ノーマルな装備には決して与えられない強さが見て取れる。
そして、その盾は引き寄せられるかのように、茅場の開いている左手に収まる。
その瞬間、止まっていた時が動き出した。
空中でスローになっていたヴォルティスの得物は、再び強靭で強大な殺意を振りまきながら茅場に迫る。
だが茅場の表情は、先ほどの焦りとも取れない表情から完全に脱却していた。
極めて冷静な表情で、茅場はその軌道上に、新しく手にしたグリーンの盾を置く。
その表面にハンマーが触れ、そして───
ゴッ!!!
これまでとは比べ物にならない衝撃波が、キリトを含めた攻略組全員を襲った。
大半は麻痺に掛かったままなので、なす術もなく床を軽くバウンドしながら転がっていく。
轟音が轟き、キリトから見ての側面の壁がとうとう崩壊した。ぽっかりと口を開けたそこから見えるのは、眼下。アインクラッド第七十五層。
漂う粉塵の中、一人立ち上がったのは巨剣と盾を装備したヒースクリフのほうだった。ヴォルティスはと言えば、彼の足元に倒れ伏せてピクリとも動かない。
いや、とキリトは自らのその思考を否定した。
動かないんじゃない、動けないんだ!
晴れてきた土煙。その向こうから姿を現したヴォルティスの体には、二重三重とぶっとい鎖が巻きつけられていた。どこの金属なのだろう。約二年もの間、このアインクラッドを調べつくしたと言っても過言ではないキリトでも、その鎖の光沢のある漆黒の金属の固有名は記憶になかった。
それの効果なのだろうか。先ほどまで、眩いほどに光り輝いていたヴォルティスの白銀の過剰光は、今は勢いを衰えている。
「……ぐ………」
しかし、彼は笑っていた。苦しげにうめき声を洩らす、そんな状況の中でも彼は笑っていた。
不敵に、獰猛に、喰い殺さんばかりに。
その視線の先にあるモノをキリトが視認する前に、腕の中のアスナが震える声を発した。
「き、キリト…くん……。……あれ…………」
震えるアスナの人差し指が指差した先を見、キリトは絶句した。
それは、気配。
血塗られた、禍々しくも美しい殺気。
そこまで知覚したキリトは、咄嗟に顔を伏せた。もちろん、腕の中にいたアスナも。攻略組全員でさえも。
意図してやったわけではない。当たり前だ。こんな死地のど真ん中みたいな場所で、誰が好き好んで首を差し出すと言うのか。
だからそれは、本能的なものだ。生物として求められる、最も初歩的にしてもっとも生き残るために大切なこと。
すなわち、危機回避力。
生物は、明らかに自分より強いものには、本能的に畏怖を感じる。それは別に臆病とか、そういうのではない。ただ単純に生き残りたいがために備えられたものだ。
その時、キリトが本能的に思ったことは恐らく、攻略全員が思ったことであろう。
眼が合えば、殺される。
キリトとアスナの眼前にいたレンの、薄く研ぎ澄まされた氷の刃のような先刻までの殺気はかけらも残っていなかった。そこにあったのは、ただ純粋な殺意。善と悪もない、純粋な殺意。人間がいたることは決してないと断言できる、そんな殺意。
それを見てキリトは思った。
本当に怖いのは怒りさえも超越した人間なのだ、と。
『ho;dgf,hsa\\fg死ae/fg.tuae:@gfnvnネargtrmy\,』
そして、ソレが《喋った》。
とても人間には理解不能な言葉だったが、その意味は全員の脳髄の奥深くまで浸透した。アレは言ったのだ、はっきりと。
お前を殺す、と。
その《言葉》が空気の中に吐き出されると同時に、レンの顔部分を覆っていた黒いスライムのようなものがずるりと動いた。
そしてそこから現れたのは、生気のないレンの顔。だが異様に、真紅に輝くその眼だけがぎらついていた。
その異様な姿を見、茅場はすぐさま動いていた。左手を振り、現れたウインドウを素早く操作する。
それと同時に、レンのようなモノの上空にヴォルティスを縛る鎖と同じものが何百本も現れる。
しかし、落ちてきたそれらはレンの体に触れると同時に蒸発した。
「……なぜだ…………」
空中に溶け行く鎖の残滓を呆然と見た茅場が、ポツリとそう漏らす。
「なぜそうまでして私の邪魔をする………。小日向相馬アアアアアアアアァァァァッッ!!!」
その名を聞いても、レンだったモノは小揺るぎともしなかった。ただ一言、短い《言葉》を吐く。
『h;h.圧f.n:]zf死/l,a.』
途端、茅場のいる座標の上空に一片十メートルはあろうかと言う鋼鉄製の直方体が現れた。紅衣の聖騎士は咄嗟に巨剣を振るうが、あまりにもそれはでかすぎた。
床と直方体の間に挟まった茅場は、当然の結果として圧死した。
体中の穴と言う穴から、内臓や骨が飛び出た。キリトの足元に転がってきた、ピンポン球を一回り小さくしたくらいの球状の物体があった。
眼球だった。
「…………………──────ッ!!」
込み上げて来る吐き気と戦いながら、キリトは腕の中のアスナが気を失うのを感じた。ある意味、それが一番いい対処法だったかもしれない。
『h:s溺;\df死ps,』
再びの声。だが、茅場のHPはもう確実に消し飛んでいるはず。
そう思ってキリトは吐き気を堪えながら、顔を上げる。そして、ソレに気付く。
茅場のHPバーが減少していない。
いやそれどころか、HPは最大値から数ドットさえも動いてはいないのだ。
つまり、これだけの惨状の中で、茅場はいまだに生きている。
そして、ぐずぐずになった肉片は瞬時に寄せ集まってもとの茅場晶彦という名の人間の形を作り上げていた。そもそもの原因だった、鋼鉄の直方体もいつの間にか消えうせている。
「げ……ぇあ………ッ!」
痛覚は立派に機能していたようで、苦悶の声を上げている。
そんな彼の周囲に、たぽんと言う軽い音とともに直径三メートルほどの水の玉が出現した。
始めは戸惑いがちに漂っていた茅場だったが、やがてその表情は苦しみへと変わり、ノドを押さえて金魚のように口を開閉させる。が、しばらくすると力尽きたようにだらりと四肢を宙に投げ出した。
だが、それでも。
それでも彼のHPは減らない。
『窒sl,息:;jf死@f』
空へと溶け消えた水球に変わるように、今度は無数のワイヤーが現れた。
レンの使うような軍用の細いワイヤーではない。本来の目的のために使うような、重いものでも楽々縛れるような太くて頑丈なヤツだ。
そしてそれらは、咳き込みながら立ち上がろうとしていた茅場の首に、さながら蛇のように巻きついて宙に吊るす。
当初こそ必死に抵抗していたが、その手もやがて力を失う。
『感s電o;a/死』
空中に、バリッと何ボルトか知るのさえも恐ろしい高電圧のスパークが走った。
それは、龍のごとく突っ立っている茅場の皮膚に触れ、彼の肌を余すことなく焦げさせた。
つん、と生臭い臭いが鼻をつく。
『a焼f.死』
突如、茅場の体のありとあらゆる穴から炎が噴出した。それは彼の体を内面から徹底的に焼き、破壊しつくした。
崩れ落ちるように倒れた彼の体は、元が人間なのかも解かり難いほどに黒く炭化していた。
後には、非常に嫌なたとえではあるが、焼肉を焦がした時のような異臭が漂っていた。
『爆死』
ドン!と腹に響くような音がし、茅場の体が内側から木っ端微塵になった。鮮血が霧のように舞う中で、ぱらぱらと飛び散った肉片が雨のように降り注いでくる。
毛髪、眼球、爪、骨、舌、唇、親指、小指、血管、耳、腸、胃、心臓、肝臓、腎臓、肺、横隔膜、膀胱、歯、リンパ管、皮膚、脳、顎。
ありとあらゆる人体の破片と言う破片が降り注ぐ。
これでもかと言うほど、人体をばらばらに分解したのなら、恐らくこんな地獄のような光景になるのだろう。
押しては返す吐き気と言う波と格闘しているキリトの目の前で、レンだったモノは嗤った。
とても楽しそうに、《鬼》は嗤った。
「……………私のォ」
不意に、軋るような、地の底から響いてくるような声。
茅場が、《神聖剣》と呼ばれた一人の男がゆっくりと立ち上がろうとしていた。
その眼に宿るのは、狂気の色。
凄絶な光が、怒りに吊り上る真鍮色の瞳に浮かんでいた。
「私の世界を汚すなアアアァァァァァッッッッ!!!!」
何の捻りもない、さながら戦車のような重突進を開始した。だが、その先にいるモノは少しも動じず、揺るがずに───
不敵に笑った。
─────鎮魂歌 七つの大罪─────
後書き
なべさん「さてさて始まりました。そーどあーとがき☆おんらいん」
レン「いよいよ6月になったねぇ。梅雨だねぇ」
なべさん「わざわざ言うなよぉ。忘れかけてたのに……」
レン「うーん、どーでもいいけど、6月は祝日がなくて嫌だ」
なべさん「ねぇ。まったくだ。空から巨大隕石が降ってきて、人類文明が崩壊した日とか作れば良いのに」
レン「とりあえず、お前の頭のなかはどうなっているんだ?」
なべさん「俺の頭のなかはアニメ七十五パーセント、水分二十五パーセントでできてるんだよ、きっと」
レン「うん、もうわかったから精神科医に見てもらえ」
なべさん「失敬な」
レン「えーと、んなことよりお便り来てるよ。ルフレさんから、珍しいオリ展開だね、だって」
なべさん「おっ、なるほど。読者様からのそんな反応を見るために、こんなオリ展開にしたかいがあったなぁ」
レン「でもどんどんブラックになっていくよねぇ。今回なんか特に」
なべさん「めげないもん」
レン「はい、ルフレさんお便りありがとうございました!自作キャラ、感想を送ってきてくださいね~♪」
──To be continued──
ページ上へ戻る