ソードアート・オンライン ―亜流の剣士―
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Episode1 出会い
――翌朝――
「ギシャーッ!」
俺の剣が《花の咲いていない》リトルネペントのツタの刺突攻撃を跳ね上げた。一瞬敵に隙が出来たように思うが、距離は詰めずに少し後ろに下がる。そして、
「っ!」
ブシャッ!という不快極まりない音とともに吐き出された体液のような酸のようなものを、左に大きくジャンプして躱す。さっきまで俺がいた辺りの地面がジュワーという音を立てて溶けるのを見ないようにして、先に着地した左足に力を込めた。横に向いていた力の向きがリトルネペントの方に向く。
大きく一歩で距離を詰める。大技の後でしばし硬直中のネペントの横で、右に引いた剣に薄い水色のライトエフェクトが宿った。
片手剣ソードスキル《ホリゾンタル》
硬直を終えたネペントがこちらを向いたその時、俺の体(アバター)が自分の意志とは別の力で動かされ、
ズガンッ!
という音とともにスキルが発動され、リトルネペントの頭部の捕食器とグネグネした体を繋いでいた剥き出しの茎を真一文字に断ち切った。
千切れ飛んだ補食器が先に砕け、しばし躯だけを残し存在したネペントが青いポリゴン片と化した。経験値とコルの加算が表示された。
もう夜が明けてから一時間ほども狩りを続けているが、やはり《花付き》が現れてくれる様子はない。それどころか、周囲では他のプレイヤーの戦闘音も聞かれ、ネペントとのエンカウント率自体が下がっている。
(これは…今日もクリアできないな)
苦笑とともにそんなことを考えながら、背の鞘に抜き身になっていた剣をしまった。
その時――
「…わわっ!」
ポスンッと軽い衝撃が背中に加わり、驚いたような声とともに誰かが尻餅をつくような音がした。後ろを振り向いた俺の目には音そのもの、尻餅をついた状態の少女が映った。
「…なんだ?」
よく現状が理解出来ないが、とにかくさっきのはこの少女が俺にぶつかったということなのだろう。とりあえず、正体不明の女の子に手を差し延べてみる。
「大丈夫?」
声をかけられた少女は、なぜか俯いてしまい動かなくなった。…怪我でもさせたのだろうか?
いくらリアルに出来ているこの世界でも、ゲームであるかぎり人とぶつかったくらいで怪我をされては困るのだが、とにかく少女を立ち上がらせてみる。
「よっと!」
「…ふわっ!?」
膝を抱えていた手を取り引き上げると、想像よりも軽い手応えで少女が立ち上がり、目があった。
大きな丸い瞳が俺を捉える。顔にかかっていたセミロングの濃紺の髪が後ろに流れ、丸い輪郭の顔がはっきり見えた。
「んやっ…!」
すぐに少女が俺の腹を突き飛ばしたがそれより驚いたのは、
(この子、いくつだ…?)
その幼い顔付きに相応しく俺のことを頭二つほど下から見上げていたことだ。尻餅をついていては分からなかったが、少女はかなり小柄だった。
俺の記憶が確かなら…いや、確かでなくてもナーヴギアというゲームハードはこれほど小さな子が装着できる代物ではなかったはずだ。
五十歩…いや、百歩譲ってこの子がナーヴギアに相応しい年齢だとしても、見るからにオドオドして顔面蒼白の女の子を……げんなりするが俺の性格では放っておけない。
あの――と声をかけようとしたその時、少女の後方の草むらが大きく揺れた。あからさまに少女が怯え、頭を一つ下げると
「ご、ごめんなさい!」
俺の横を走り過ぎて行った。振り返り見たその時には、既に少女の姿は俺の背後の草むらに消えていき、俺とその子はお互いにほとんど話すこともなかった。
謎の少女を見送った後、次はさっきの比にならない勢いで
「邪魔なんだなぁ!」
誰かが背中にぶつかってきて、突き飛ばされた俺は顔を地面に強かに打った。
「うぐ…」
「なぁお前!」
強引に肩を掴まれ上を向かされた俺の顔のすぐそこに、男の顔があった。少女から一転、男性の顔が近くにあることに戸惑わざるを得ないが、とにかく男の手を離させながら立ち上がった。
「…んだよ」
少々不機嫌な声だが、勘弁してもらうとして何事かをベラベラと喋り続ける男の全身を見た。
背丈は俺より少し高いか同じくらい。少し…いや、かなり肥満気味な体をホルンカで売られている革鎧で包み、背からは斧か何かのものとおぼしき木の柄がのぞいている。
そして、さっきからこの男は『女の子を見なかったか!?』という内容のことを繰り返している。
「こう、キラキラしてホワンホワンしてマジ天使な子なんだけど!」
唾がかかりそうなほどの至近距離で繰り広げられる弾丸トークが嫌になり、二、三歩あとずさる。
「で!こうフワフワで!」
「待て、待て待て!」
手で制しながらさらに距離を取り直す。二人の間隔が三メートルほど開いたところでしっかり相手を見据える。
「そんな子知らない。なんなんだ、おま――」
「じゃあもういい!」
バンッと強く突き飛ばされ、再び地面に叩き付けられる。地面に倒れたまま男のドタドタという足音が去るのを待った。
「うぐぐ…いてぇな、あいつ」
立ち上がると少々目眩がしたが、ブンブン左右に頭を振って目を覚まさせる。現状ではまだないが、モンスターの打撃攻撃なんかを頭に喰らったらこんな感じになるんだろうか?
…じゃないな、今考えることは。
「なんだったんだ…?」
あの男はなんだったのか。そして、咄嗟に嘘をついたが男が捜していたのはさっきの女の子だっただろうということ。
…うん、答えの出しようがない。
「やめよう、考えるの……うーん…」
この頃クセになりつつある思考停止。…それでも、胸の中にたまったモヤモヤとした感覚は去らない。
もう会うこともないだろう二人。あの二人がどんな関係だろうが、俺には関係ない。ないはずなのにどうしてもスッキリしない。
「仕方ないな」
これはもう習性だ、と自己完結させた俺の耳に悲鳴、鼻に異臭が届いた。
「はぁ、今日はいろいろ起こるんだなぁ…」
そして、お人好し、改めて《無駄に》世話焼きの性格を遺憾無く発揮し、俺の足はすぐに悲鳴の方へ向いていた。
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