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Monster Hunter ―残影の竜騎士―

作者:jonah
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7 「黒の残滓」

 あまり多くても新米ハンターの、それも1人負傷中の2人では護衛しきることは難しいため、特に力持ちな働き盛りの男性4人を竜車2台に乗せて渓流まで行った。1台はアプトノス車、もう1台は力は弱いものの小回りがきいて足も速いガーグァ車だ。ハンター2人がガーグァ車に乗って後ろに走り、男達4人がアプトノス車に乗って前を走る。もし手に負えないようなモンスターが出た場合は足の速いガーグァ車に男達を乗せて避難させ、その間2人で足止めをするという手筈になっている。順調に行ければ、力持ちであるアプトノス車の方にリオレイア(あるいはナルガクルガと村人は思っている)の亡骸をくくりつけて持ち帰れる。
 飛竜の骸まるまる1頭を持ち帰るのは、一般的な討伐では御法度とされている。自然の恵みに感謝し、鱗や爪を少しだけ“おすそ分けしてもらう”程度の量しか持ち帰ってはいけないのだ。明確な決まりはないが、それがハンターたちの暗黙のルールとなっていた。
 例外として、モンスター同士の決闘の結果死んだモンスターの骸を発見した場合は、それを天の恵みとしてまるまる持ち帰ることはよしとされている。
 ただしそれが人の目に止まることはそうそうないため、今回の件はむしろ村人に喜ばれた。リオレイアの素材が1頭分まるまる村のものとしてよいのだ。ここ最近、モンスターの急増で途絶え気味だった観光客で村もすっかり静かになってしまったが、再び活気がもどるだろう。素材を売れば相当な金にもなるはずだ。
 そんなわけで、アプトノス車に乗る男たちはわいわいと帰ったあとの宴の話をしている。
 その後方のエリザとリーゼは朝の話の続きをしていた。

「さっき話したナルガクルガなんだけど、姉さんも倒したことがないのよ」
「オディルさんが?」
「単に依頼がなかっただけとも取れるんだけど、ほら」

 ポケットから取り出したのは、手のひらサイズの分厚い冊子。

「オディルさんの狩猟生活日記……あっ」

 しおりが挟まれたページには、『2XXX.9.21. 【‘漆黒の影’をリタイア】』とあった。クエストをリタイアしたというのは珍しい。一般的にハンターが大型モンスターを相手にするときは、生きるか死ぬかの二択だからだ。大自然の中では負けはすなわち“死”を意味し、そこから生きて生還するなど、正しく奇跡に等しい。

「これは4ツ星のクエスト。日付は2年前だから、ちょうど姉さんがHR2だったときのやつね。……覚えてる? 姉さんとカエンヌさんが2人で大怪我して帰ってきたの」
「うん…うん、覚えてる。忘れるわけがないよ。確か全治2ヶ月の大怪我だったよね」
「そう。それから、姉さん達とパーティを組んでいたダニエルさんが…殉職したクエスト。2人が生きて帰れたのは、ダニエルさんが決死で囮役を買って出たからだった…。結局、依頼を出した村は壊滅。避難していたから死者こそ出なかったものの、それでも大きな被害が出たわ……」
「エリザ……」
「もう引きずってないわよ。むしろハンターとして尊敬できる死に様だわ。今言いたいのは、あの時3人パーティだった姉さん達ですら叶わなかった相手が、ナルガクルガだってこと。もちろん違う個体だろうし、今なら姉さんだって実力的には勝てる筈。……ただ、このあと1回も2人はナルガ狩猟クエストは受注してないけどね」

トラウマになっちゃったんだってさ。

 なんでもないことのように言うが、エリザの心境としてはいかばかりだろうか。
 ハンターとは、言わば信頼業である。トラウマが合ってこのモンスターは狩れません、では次から来る依頼は激減してしまうはずだ。もちろん、誰にだってそういった経験の1つや2つはある。故郷の村を壊滅させたモンスターだとか、幼い頃運悪く遭遇してしまったモンスターであるとか。
 しかし、それすらも正面から己の技量で克服していくのもまた、ハンターなのだ。

 ユクモ村を出発して2時間。渓流の麓についた。これから更に30分かけて崖を慎重に登ってゆき、狩場へと向かう。

「……ここで、あいつは飛び降りた。ナルガクルガの背に乗って…ね」

 小石を弾き飛ばしながら進むガーグァ車に揺られながら、エリザは崖を見下ろした。下は緑が生い茂っている。ちょうど木々を縦に3本積み上げたくらいの高さの崖だ。飛び降りたら足の骨折は免れまい。

「……お礼、言い損ねちゃったな」
「渓流の奥地に住んでるみたいよ。ヨルデのハンターかとも思ったんだけど、違ったみたいね。本人曰く“人嫌いの物好き”らしいわ」
「………かっこよかったよね」
「………そうね。うちの村にはいないイケメンだったわ」

 二人して思い出してぽっと頬を染める。リーゼロッテが焦ったようにブンブンとケルビのように頭を振った。

「ちょ、狩りの前になに言ってんの! 集中しなきゃ!」
「そういうリーゼだって思い出して照れてたくせに~。お姫様抱っこされちゃってー」
「エリザ!」
「うふふ、ごめんごめん」

 全く悪びれていない様子のエリザに、真っ赤になりつつそっぽを向いて警戒しているふりをする。が、頭の中はそれどころではないのは、傍目にも明らかだった。そんなリーゼロッテをくすくす笑いながら見守るエリザ。

「……なんか、あの2人妙に仲良くなったよな」

 そんな少女達に、前方の竜車から見守る男達は首をかしげていた。

「さてと。わたしたちが襲われたのはここ、なんですけど……」

 渓流に到着、エリア5に来るも、予想していたリオレイアの姿はない。そのまま警戒を続けつつ慎重に移動していくと、エリア9にてレイアの亡骸を発見した。周りには3匹のジャギィ達がその肉をつついている。追い払うと、男たちがいそいそと女王の骸に近づいた。

「うわあ、これが【陸の女王】か!」
「でっかいなぁ!」
「危ないですから、このエリアからは絶対に出ないでくださいね! じゃ、あとはよろしくお願いします。わたしたちは周囲の警戒にあたっていますから!」
「おう、任せときな!」

 腕まくりをしながら鍛冶屋で働く男が、大きな大剣を背負ってきた。筋肉質な体は、ハンターでないもののその大剣がよく似合う。その後ろではほか数名の男達が、ややよろよろしながらも同じく大剣を担いでリオレイアの骸へと近づいた。このあと尻尾、翼とそれぞれ解体し、小さく分けてから荷台に積むのだ。リーゼたちはその間、完全に無防備になる男達を守るために周りを歩き回って近づく小型モンスターを追い払う作業にはいる。

「うわ、翼膜にでかい穴が空いてるぜ」
「これなんの穴だ? ブレスか?」
「ナルガクルガがブレスを吐くなんて、聞いたことねぇぞ」
「うわっ、鱗が堅ぇ! 弾かれちまったよ」
「大剣俺に貸せ、もっとこう腰に力を入れて…うわ!」
「ほら見ろ、お前だってはじかれてやがる!」
「俺らは相手が死んでいてこのザマだからなぁ。ハンターってのは、すげぇよ。ほんとに」

 男たちは順調に解体作業を進める。
 エリザはふと、蜂が巣を作っている祠の跡の横で、そうっとその様子を伺うメラルーを見つけた。毛皮の色は隠密。ハッと昨日のルイーズというメラルーを思い出す。確か同じ毛並みだったはずだ。
 バッと近づいて首根っこを引っつかむ。宙ぶらりんにされたメラルーは、じたばたともがいた。これでは得意の穴を掘る逃走術もつかえない。

「うニャッ!?」
「あんた昨日のルイーズね? ちょっと聞きたいことがあるの。話してくれるわよね?」
「ち、違うニャ! 猫違いニャ! 別人ニャ! ニャンはルイーズ伯母さんの姪ニャ!」

 リーゼも呼ぶと、必死に弁解し始めた。どうやら生粋のメラルーらしく好奇心が旺盛で、記念にレイアの鱗の1枚でも持って帰ろうとここに来ていたらしい。
 メラルーの名前はハナ。確かに見てみれば、ルイーズより1回り体が小さい。

「伯母さんの目は金だけど、ニャンは緑ニャ」

 そう説明されても、そこまでまじまじとルイーズを観察していたわけではないので、違いがわからない。が、本猫曰く、ルイーズの妹の娘らしい。

「まあいいや。ルイーズを知ってるってことは、あの男を知ってるわよね?」
「男、かニャ?」
「そう。渓流の奥に住んでる黒髪の男よ。それから、このリオレイアを倒したナルガクルガ」
「ああ。ナギの旦那のことだニャ」

 完全装備のハンター2人に詰め寄られたハナはたじたじだったが、なんとか早くここから脱出しようと、自分の知っていることを一生懸命説明した。

「ナギって名前なの?」
「うニャ。ニャンたちメラルーに良くしてくれる、いい人ニャ。よくマタタビ料理作ってくれるニャ。確かに渓流の奥に住んでるニャー。ここよりもうちょっと先からが旦那のテリトリーだニャ」
「テリトリー? モンスターみたいね」
「正確には、デュラクさんのテリトリーだニャ。デュラクさんはあんた達が見たナルガクルガの事ニャ。旦那が飼ってるニャ」
「飼う!?」

 飛竜に対する予想外の言葉に、思わず声が高くなる。幸い男達は自分たちの作業に夢中で、気づいていない。ハナはちょっと首を傾げて唸ったあと、言い直した。

「飼うというとちょっと違うかもニャ。あの2人はもう家族みたいなモンだニャ。“半身”ってやつだニャ~。伯母さんは、立ち位置的にあんた方にわかりやすく言えばオトモアイルーみたいなもんニャ。たまにお古のオトモ装備をメラルーの里に寄付してくれるニャ。おかげでハンターから掠め取れる確率が格段に上がってニャンたちホクホクだニャ」
「そういえば数年前から、武装するメラルーがいるって話題に上がってたわね……」
「装備はヨルデ村から調達してるみたいだけど、そこまではよくしらないニャ」
「それから、重要なことを聞くわ」
「ニャニャ……?」
「ナギとやらにどうやったら会えるのか、教えなさい!」
「エ、エリザ?」

 鬼気迫った表情で尋ねるエリザに若干引きつつも、生来怖がりなハナは泣きそうになりながら答えた。

「ヒニャァッ! 会える方法なんてニャンにはわからないニャ。けど……」
「けど?」
「フニャァッッ! けど、けど、旦那はいい人だニャ。よく伯母さんは旦那のことを“人間恐怖症の、お節介焼きのお人好し”って言ってるニャ! あの時あんた方を助けるとき、“目の前で死なれたら寝覚めが悪い”とかなんとか言ってたニャ。同じ状況になれば、多分、きっと、助けてくれる筈ニャ!」
「寝覚めが悪い、ねぇ……。そんな大層なこと言えるくらい強いわけ? ナルガクルガが強いんじゃないの?」
「うんニャア! それは違うニャ。旦那は強いニャ。軽く上位のリオレウスを倒せる位には強いニャ。ひょっとしなくても素手で殺れるニャ」
「は!?」

 いくらなんでもそれは人間業ではないだろう。きっとそれはこのメラルーが大げさに言っているのだと思い、忘れることにした。ただ、そこまで思わせる程度には強いらしい。

(ま、そうでもないと渓流の奥になんて住まないか)

「そいつん家行くには、ここからどう行けばいいの?」
「えっと、その吊り橋から見下ろせる池の上流に行って…って、これは言っちゃダメニャ!!」

 ハーヴヴェストは、時すでに遅いながらも口を小さな手で塞いで、それ以上は喋らないようむごむごと無駄な努力をするハナに僅かな親近感を抱いた。このドジっぷりが、どうにも他人事に見えない。いや、他猫事だった。

「ふむふむ、エリア6の滝をどうにかしてのぼって行けばいいわけね……」

 どこからともなく取り出したメモ帳に書き込むと、しっかりとそれをポケットにしまった。どうやらエリザはなんとかしてあの青年にもう一度会うつもりらしい。

「あいつをユクモのハンターにできれば、これ以上ない収穫よ。どうにかして村に引き込めないかしら」

 一応自分の為だけでなく村のことも考えているようなので、苦笑にとどめる。

「あの人、人間恐怖症なの?」
「ニャンにはよく分からないけど、確かに旦那が人間と喋ってるのなんて見たことないニャ。今日も朝お礼を言いに行ったら、昨日のあんた方との会話が1年ぶりだって言ってたニャ。びっくりだニャ」

 日頃のハーヴェストへの対応の慣れからか、ハナはエリザに比べ幾分か怯えずにリーゼロッテの問いに答えた。その分饒舌にもなっている。

「寂しくないのかな……」
「ニャー、旦那が渓流のあの家に住むようになってから大人の話だとかれこれ7年らしいから、もう慣れっこなんじゃないかニャ?」

 エリザが黙って考え込んでいるので落ち着いたのか、倒木に腰掛けて顔を拭う仕草をした。こうみると本当にアイルーと何も変わらない。

「確か1年前喋った相手はヨルデ村からキノコ摘みにきた男の子だったニャー。ただのジャギィの群れに襲われてたんだけど、それでも子供にしたら脅威だニャ。ついでにキノコ摘むの手伝ってやったニャ。お土産に秘蔵のドスマツタケまで持たせる始末だニャ」
「ほんとに優しいんだね……」
「ニャ。たまたまその時一緒にいたから、ニャンまでキノコ狩りさせられたニャ。人としゃべるのは苦手なくせに、人が困ってると助けないではいられない、っていうタイプだニャ」

 やらやれといいつつも、ハナの中では楽しい思い出として残っているようで、むふふと思い出し笑いをこぼしていた。リーゼがぽんと手を叩くと、ねえねえと未だ考え込んでいるエリザに声をかけた。

「そんなに優しい人ならさ、正式にお願いしたらいいんじゃない? 回りくどいことしないでさ。“ユクモ村がピンチなんです。助けてください”って」
「そんなにピンチでも無いわよ?」
「んーと、んーと、先輩ハンターがわたし達を特訓する暇もなく依頼で忙しいから、指南して欲しい、とか」
「そぉねぇー。村長に聞いてみましょう。まずはそこからだわ。ハナ、あんたリオレイアの鱗が1枚欲しいんだったわね」
「へっ?」
「1枚上げるわ。だから、明日この時間にここで待ってなさい。ついでに家からマタタビ持ってきてあげるから」
「ほんとかニャ!? で、でも何をする気ニャ…?」
「なーに、簡単な仕事よ。明日渡す手紙を、ナギって奴に渡してくれればいいだけ。……文字読めるわよね? そいつ」
「ナギさんは頭がいいニャ。多分読めるニャ」
「じゃ、そういうことでー」

 リーゼロッテにはこの時、エリザがなんだか悪代官に見えた。
 
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