Monster Hunter ―残影の竜騎士―
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6 「仲直りは案外単純なもの」
前書き
とりあえず謝ったモン勝ち。
「これだわ」
翌日。這々の体でユクモ村に帰ってきたエリザは、まず村長に会って昨日のことを全て説明した。現れたリオレイア、そして襲われそうになったところすんでのところで助けてくれた、謎の青年のこと――。村長はいつもの穏やかな雰囲気のまま頷くと、まずエリザの身体のことをいたわり、無理がなければ午後から村の男衆を連れて、そこへ偵察へ行くことを決めた。
だとすると、午後まではあと2時間もない。調べられるものは今のうちに調べておかなくては。
医師の制止の声も聞かずにベッドから抜け出ると、今は留守になっている姉の家へと向かった。
姉の名はオディル。エリザの唯一の姉にして、最も尊敬するハンターでもある。今は砂原のクルペッコ討伐に向かっていて、帰ってくるのは1週間後か、もう少し。合鍵を貰っているエリザはこうして姉の書棚を漁っていた。
エリザが探しているのは、昨日2人を助けてくれた青年が乗っていた黒い飛竜。
「ナルガクルガ……」
姉のメモから見る限り、討伐数は0。つまり、パートナーであるカエンヌとならかの【空の王者】リオレウスすら倒す実力を持つオディルが、1回も討伐していないということになる。
ユクモ村はオディルとそのパートナーカエンヌの他には新米のエリザとリーゼロッテしかハンターがいない小規模な村だが、それでもハンターズギルドの出張支部がある。その為近隣の村からの依頼も数多くこなさなくてはならない。竜車で片道1週間かかる砂原からの依頼などが、まさにそれだ。
ゆえに、ユクモ村一番の腕を誇るチームとして、オディルは年中様々な地へ討伐や護衛に駆けずり回っていた。そんな姉が1度も討伐していない飛竜――ナルガクルガ。
それは、“討伐しなかった”のか、はたまた“討伐できなかった”のか。
エリザはオディルを尊敬しているが、妄信はしない。オディルにだって倒せない竜が世にはいることもわかっているから、冷静に判断しようとする。
「そういえば……」
その時家の扉が叩かれた。あけると、どうしたことか、リーゼロッテが腕にハーヴェストを抱えて居心地悪そうに立っていた。後ろにはチェルシーが手を振っている。彼女が案内したのだろう。
「…何?」
「中、入っていい?」
思い返せばハンターになってからこの頃、顔を合わせるたびにいがみ合ってきたリーゼが、姉の家とは言えエリザと同じ屋根の下に入ろうとしたことなど、何回あっただろう。ハンターになる以前は、それほど仲が悪いというわけではなかったと思う。
戸惑いながらも招き入れ、勝手知ったるキッチンからマグカップを2個取り出し茶を沸かす。チェルシーとハーヴェストには小さめのカップにアプトノスのミルクを入れた。
「……で? 何か用?」
「チェルシーに聞いたら、エリザは朝からここに行ったっていうから。……いや、そうじゃなくて」
膝の上で組んだ両手に目線を落とし、何回か口を開いては閉じ、開いては閉じた。エリザは黙って茶を啜る。助け舟を出してやるほど、仲がいいわけではない。
「お礼を、言いに来たの」
「礼?」
「一昨日の夜帰ってきたばっかりだったのに、その……た、助けにきてくれて、ありがとう」
「……ふん、当然のことね」
「は?」
つーんと顔を横に背け、腕を組んだ。横でチェルシーがニヤニヤと笑っているのを、デコピンで制す。ぽけっとしていたリーゼロッテが、ふるふると震えながら立ち上がる。顔に血が上って顔が赤く染まった。
「れ、礼を言いに来たのが当然って!? 『どういたしまして』ぐらいいえばいいじゃない!」
「馬鹿ね、早とちりすんじゃないわよ!」
エリザが叫び返したことで、家の中に静寂が生まれる。照れたように再び顔を背けると、目をつぶった。こちらは羞恥からか、頬が薔薇色になっている。
「た、助けるのが当たり前だっつってんの! お、同じ村の…な、仲間のハンターなんだから! 当然でしょ! 皆まで言わせないで!」
「……ツンデレだニャ」
「チェルシー!!」
「ニャおぅ!」
ニヤニヤ笑うチェルシーと、その横でにこにこと和んでいるハーヴェスト。照れに照れているエリザを立ち上がったまま呆然と見つめていたリーゼロッテの頬が、更に染まった。へなへなと座りなおす。
「…………………………そ、そうなんだ。あ、ありがとう。ごめん」
「……そうよ。分かればいいのよ」
(もしかして、今までずっとすれ違ってた?)
エリザは素直じゃなくて、リーゼロッテは素直すぎた。
言葉少なに言うエリザの言葉をそのまま受け取っていたリーゼは、今までツンケンしていたことが馬鹿らしくなってきた。会うたびに口喧嘩をするのが嫌で、2人とも意図的に互を避けていたのだ。
未だつーんとそっぽを向いて、リーゼと目を合わせないエリザの様子に、リーゼロッテはクスクスと笑いがこぼれた。
「なによ!」
「んーん、なんでもなーい」
「人の顔見て勝手に笑わないでくれる!?」
「エリザって、可愛いねぇ」
「は!? 当然でしょ!?」
「えへへへへ」
へらへらと笑うリーゼロッテに髪を逆立てて怒るエリザは、ニヤニヤにこにこ笑う横のアイルー達よりよっぽど猫のようだった。
「ねえ、エリザ」
「……ぁによ」
「わたしたちさ、パーティ組もうよ」
愕然とこちらを向いたエリザに、笑を崩さずリーゼロッテが続けた。
「ちょうどわたしが剣士でエリザはガンナーだし、どうせ他にこの村にはハンターもいないし」
「………………………………あ」
「あ?」
「あんたが先に断ったんじゃないの!!!!」
「へ?」
「このあたしが! ハンター候補卒業試験発表の午後! あんたん家に言って! 直々に! 誘ってやったというのに!!」
ズガンズガンと立ち上がり、ドスンドスンと近寄って、鼻息荒く襟元をふん捕まえたエリザが首をガクガク揺さぶりながら叫んだ。そうとう恥ずかしい過去だったのだろう、相変わらず顔は真っ赤に染まったままだ。
「あんたは恥を忍んで誘ったこのあたしの申し出を! 『えーやだやだ』、と軽く流し!! まさか断られると思わなくてポカンとしたあたしの目の前で! 家の! ドアを! 音を立てて! 閉めた!! きぃーー!! 思い出すだけで腹立たしい! だからあたしは決めたのよ! ソロでもあんたに勝ってみせるってね!!」
ところが、それに対するリーゼロッテの返事は、実に淡白なものだった。
「……わたし、そんな会話去年したっけ?」
「………………………………は?」
「ごめんごめん、あの時もう試験でくったびれちゃって! 家帰って即行寝たと思ったんだけど、ひょっとしたら寝る前にエリザと喋ったかも」
「……」
「きっと眠すぎて何も考えずに拒否した感じですニャ。エリザさん。申し訳ないニャ。ご主人のオトモアイルーとして謝るニャ」
「1年間ムキになって頑張ってたのだって無駄にはならないニャ。元気出すニャ、ご主人」
左右からぽんぽんと肩を叩かれ、放心状態のエリザは限界値に達したのか、
「いや―――――――――!!!!!」
叫ぶと埃を巻き上げながら階段を駆け上っていった。バタンッとドアが勢いよく閉まる激しい音。
「……あー、今ちょっと心の整理をつけてるところニャ。もうちょっと待ってあげて欲しいニャ」
「あ、いや、わたしの方こそなんかすごく申し訳なくて……」
「こちらこそだニャ。でも多分パーティのお誘いの件は受けるニャ。ウチのご主人、口では色々言うけど、根は優しいニャ。わかってあげて欲しいニャ」
「いえいえ、これからよろしく。改めまして、リーゼロッテ・マインです。それからオトモアイルーの…」
「ハーヴェストニャ。武器は爆弾ニャ」
「改めましてニャ。エリザ・ヴェローナのオトモアイルーのチェルシーニャ。武器はブーメランニャ」
そうして当事者約1名がいないまま、パーティの自己紹介は終わったのだった。
エリザが髪をかき乱しながらとぼとぼ1階に降りてきたのは、それから30分後のことだったとか。
「えー、こほん。それで、あの男のことだけど。リーゼ、あんたあの男が寝たあとどうしたか覚えてないわよね」
「うん。寝ちゃってたから」
「はぁ…ほんと、なんであの状況で寝れんのかしら……。あのあと結局あいつとメラルーは寝たまま。渓流をもうすぐ降りきるっていうときにあの黒い飛竜の鳴き声…だと思うんだけど、それが聞こえたあと目を覚まして、崖から飛び降りた」
「え!?」
「あたしも驚いたわよ。でも、そしたら崖の下からさっきの黒い飛竜の背中に乗ってたの。そのまま飛竜に乗って渓流の方へと向かってサヨナラよ。まるで家族みたいに安心して身を預けてた」
「飛竜の背中に乗った!?」
エリザが資料をテーブルの上に置く。2人で覗き込むように見開きのページを見た。
「で、さっき調べたところ見つけたのがこれ。その飛竜の名前はナルガクルガ、別名迅竜。危険度は5ツ星で、リオレウスとも並ぶわ。ちなみに、リオレイアの危険度は4ツ星」
「あのリオレイア以上の危険度の竜を、手懐けてるってこと!?」
「かもしれない、よ。まだ確定じゃない。到底信じられる話じゃないから、その話は村長にも誰にも言ってないの。黙っておいてよ」
「わ、わかった」
ごくりとつばを飲み込みながら、神妙な面持ちで頷くリーゼロッテを見て、エリザは思わず笑ってしまった。リーゼとこんなに顔を寄せ合って話をするなど、昨日までは想像もつかなかっただろう。
「今日午後から、村の男衆を連れて渓流に偵察に行くことになってるの。当然、あたしたちも護衛としてついていくから、準備はしておきなさいよ」
「え。エリザ、怪我は…」
「ついて行くぐらい平気よ。弓だし。それよりあんたは? アシラの攻撃とか、当たってたじゃない」
「あれぐらい、平気だもんね! ちょっと脳震盪おこしただけだって」
「あーら、そう? 次は気をつけてよね。後衛を守るのが剣士の役目なんだから」
「いつか後ろから狙撃されそうで怖いわ……」
じゃあ、あとで。
2人は来た時とは正反対の晴れ晴れとした顔でオディルの家で別れ、それぞれの家へと帰っていった。お互いに手を振り合うその様子に、驚いたユクモの老人の1人がぎっくり腰になったとか。
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