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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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SAO編
  episode7 スランプと限界点2

 翌日の昼。あまりうろつくことの無い場所だったので午前中いっぱいぶらぶらと散歩…というかクエストやショップの品ぞろえ、周囲の地形やモンスターの有無を無意識に確認して…と無造作にうろついた。

 (…なるほどな)

 俺は心の中で納得した。

 「夫は、店をしているときは寡黙な職人だったのですが、私にはとても優しくて…」

 現在の最前線は、先日解放されたばかりの七十五層。俺がエギルに紹介してもらった(というか、口を割らせた)のは、そこからたった二層しか下でない上に、主街区では無い圏外の村だった。

 その力のほとんどを迷宮区に注ぎ込む『攻略組』が向かう場所でもなく、中層ボリュームゾーンのプレイヤーが観光に行くには少々リスクが高すぎるような、どっちつかずの場所にある、そんなところ。

 「夫は流行り病で無くなってしまいましたが、幸いその銀細工の作品は多く残っています。私がこれを売っていけば、私もこれからも生活していけるように、と…」

 思えば俺はこういった場所でのクエストをこそ専門に取り組んでいたのだったが、ここしばらくはその勘も鈍ってきているのか。結果誰かが先にこのクエストを発見し、クリアできそう…というか、その条件に合うだろうということで俺への依頼をしようと探されていた、というわけだ。

 しかしエギルはそれを危険と判断、握りつぶそうとした、と。
 まあ、最前線間近のクエストだ、エギルも心配も分からなくはない。

 「ただ一つ、私が残念なのは…夫の姿を徐々に忘れていってしまうことですね…。私は夫の写真も何も、持っていないのです…」

 クエストの起点は、この村に一つだけ存在した、金物細工屋。

 美しい銀細工の家に居たのは、揺り椅子に腰掛けた若い一人の女性のNPCだった。細工と同じ白銀の美しい髪をしているが、その目は随分と深い憂いを湛えている。一時期のキリトのような…いや、それを言えば俺も同じか。心の中で苦笑する。

 「旅のお方…もしよろしければ、私の願いをお聞きいただけないでしょうか? 第六十六層、その北の外周部間際に存在する、『黄昏の境界林』。その先に、黄泉の国へと通じる河があり、そこに大切な人の思い出の品を投げ込むともう一度会える、という噂があるのです。夫が私のために作ってくれた、この《思い出のブローチ》を投げ込んでほしいのです…」
 「任せてください」

 六十六層、『黄昏の境界林』。

 夕暮れ時になると、強力なモンスターが出没することで有名なマップだ。そのレベルは、実に七十層クラスにも及ぶ。今の俺でレベル的にはなんとか安全範囲と言えなくもないが、ソロではやはり危険が伴うことは間違いない。

 だが俺は、迷わずその依頼を受けた。

 こういった、危険度が読めない依頼こそ、俺が最も得意とする…いや、こなしていくべきクエストである。そして『攻略組』、或いは中層ゾーンのプレイヤーに求められるクエスト情報は、まさにこういったものだからだ。報酬も、いいものが貰えるだろう。

 未亡人からクエストアイテムを貰い、そのまま外へと出て、主街区へと歩き出す。ここは圏外村、転移門も存在しない。転移結晶を使うのでなければ、一旦主街区へと戻る必要がある。そしてエギルの雑貨屋での取引からも分かる様に、俺に無駄に転移結晶を使うほどの懐の余裕はない。

 と。

 (ああ、なるほど…)

 村の外に出る時に、俺はなぜエギルが紹介したがらなかったかの理由を知った。ちらりとクエスト進行中ログを見たからだ。そのクエスト名は…『死者への贈り物』。なるほど、笑ってしまう。これはまた、俺におあつらえ向きというか、あてつけというか。

 (……まあ、いい)

 俺は苦笑を消し、敏捷値を引き上げる。

 最近の不調の原因でもあるこの動作に少々不安は残るが、それでも俺はこのクエストに対して乗り気だった。それは、最近鈍りつつある、しかし今は確信を持って言える、俺の勘だ。

 一気に引き上げた敏捷値で、主街区までの数キロを走り始める。Mobのポッを無視するなら、十分弱もあれば到着できるだろう。走る俺の脚は、いつも通りの快速を生み出して地面から土ぼこりを巻き上げた。


 
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