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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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SAO編
  episode7 スランプと限界点3

 「おおおっ!!!」

 体術スキル、《ロールブレイク》。

 向かい来る髑髏剣士、『スケルトンロード』がしがみつこうと伸ばす両手を鋭く回転して避け、その回転の勢いのままに骨むき出しの後頭部に遠心力たっぷりの後ろ回し蹴りを叩きこむ。骨系のモンスターに有効な打撃攻撃、さらにはクリティカルポイントへの一撃だったためにかなりの怯み効果が生じて骸骨が仰け反る。

 「らあっ!!!」

 仰け反りより一瞬早く解けた技後硬直。
 即座に体を撓らせ、相手が動き出すまでの一瞬に連続技で仕留める。

 「ったく、きりがねえな……」

 仕留めた後、速攻で走り出す。

 このダンジョン、『黄昏(たそがれ)境界林(きょうかいりん)』は、発見された当初は変動するレベルや抜け出せなくなるマップなど、そのカラクリが分からず死者すらも出てかかったことがある難解なダンジョンだったが、解明されてからは随分と危険度は下がっている。

 その仕組みは、名前の通りに時間帯…「黄昏」にヒントがあった。

 普段はモンスター達のレベルはそれほどでもないものの、行けども行けども境界部に存在するはずの川へと届かない。三十五層の『迷いの森』と同じで、一定距離進めば元の端へと転送されてしまうからだ。その転送の仕組みを突破するには、「黄昏」の名の通り夕暮れの時間帯を選んで突入、そのままマップ端まで走り抜ける必要があるのだ。

 だがそれはもちろん、ノーリスクというわけではない。
 夕暮れ時に突入した場合、ここのMobのレベルは格段に…平均で七十層クラスまで跳ね上がる。

 まあ。

 「だからこその、俺だけどよ、っと!」

 俺の敏捷値を限界まで上げて走り抜ける。

 動きの遅い髑髏共やゾンビはいいものの、森ということで出没する狼や某ゾンビゲーのようなゾンビ犬達はそれなりに素早く、反応もいい。となると、俺も敏捷を一気に高めて対応するしかない。見ている者は居ないし、出し惜しみなく全開。切り札たる『軽業(アクロバット)』のスキルも遠慮なしに連発する。全力、全開。

 一極化型の全開。

 「っ、くそっ!」

 その全開の敏捷値を使った回避、なのに。
 群がる牙を回避しきれずに幾つかが俺の手足に食い込む。

 HPゲージが、ガクリガクリと減少していく。

 そう。それは俺に訪れた、いつか来る結末。
 俺の敏捷値の、成長停止(カンスト)だった。





 思えば、既に俺のレベルが七十の後半に入ったころから、ほんのわずかな違和感…歪みのような淀みのような、何とも言えない感覚の兆候があったように感じる。それが無視し得なくなったのは、レベル八十に達した時だったか。

 上昇した敏捷値が、なんというか…微妙に扱い難くったのだ。
 そして今現在の俺のレベル、八十三。

 既に違和感は、戦闘に直接の支障を来すほどになっていた。

 確かに、俺の敏捷値は、数値的には上昇を続けている。その数値は、アインクラッドでも間違いなく最高峰のそれだろう。だがそれは…当然と言えば当然だが…扱う術者の能力があってこその数値的ステータスなのだ。本人の力が伴っていなければ、それらは単なるハリボテの強さに過ぎない。

 本人の力が追いつかなければ、それを使いこなすことはできない。
 恐らく、ここが俺の体の…俺の脳の反応速度の、限界だったのだ。

 敏捷値は、いわばレーシングカーの最高速度なのだと、俺は思う。一直線に走り続けるならまだしも、カーブを曲がるためには、その力を操作するための反射神経と判断力が不可欠。つまり戦闘時、俺の脳神経の反応速度が、敏捷値で加速した体を操作できるだけの、俺本人の力が必要となるのだ。

 その力が、俺にはなかった。

 ここが、限界だった。

 先日行われた、キリトとヒースクリフの公開決闘(デュエル)を思い出す。確かに勝ったのはヒースクリフだったが、俺が心を惹かれたのはキリトの力…キリトの、反応速度だった。

 神速で繰り出される『二刀流』のソードスキル。
 十を軽く上回るその連撃を、奴は全て完璧にブーストして見せていた。

 恐らくあれが、この世界で求められる反応速度なのだ。あの力を持つ者だけが、このアインクラッドの最前線を走り続ける権利がある。いわば、『勇者の資格』とでも言えばいいのか。それが、キリトを始め、アスナやヒースクリフ、クラインやエギルには有り…俺には無かった。

 恐らくもう十層も登れば、俺はソロプレイはおろかパーティー狩りさえ覚束なくなるだろう。俺がその先、どうやって生きていくか…それはまだ、俺には思いつかない。そもそも、俺がそこまで生きていられる保証もない。

 だが、そのことは、俺の心を掻き乱すことは無かった。
 その時がいつ来ても…たとえ今、この瞬間に(それ)が訪れても、俺はそれを受け入れるだろう。

 終わってしまった、そんな俺なら。

 (…とりあえず、)

 もう何度したか分からない思考を打ち切って、俺は夕暮れで黄金に輝く森を駆け抜けた。


 
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