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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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SAO編
  episode7 スランプと限界点

 「おー、きたぞー」
 「……らっしゃい」

 第五十層主街区、『アルゲード』にある数多の店の一つ…その中で、俺の行きつけとも言える雑貨屋の店主は、心底から「いらっしゃい言いたくねえ」と思っていると容易に分かる声で俺を迎えた。その褐色の肌とがっしりとした巨体、にらみを利かせれば素晴らしい迫力を見せられる男…エギルの顔が、今は眉をハの字にしている。

 だがまあ、そこは店主と客だ。我慢して頂こう。

 「……で、今日はどうした?」
 「買い取り頼む。これ、三色リザードの革。数は…っと、赤が二十三、青二十、黄色二十五だな」

 三色リザード、正確にはそれぞれ、『ガーネット』、『サファイア』、『トパーズ』と冠した、七十層のトカゲ型のモンスター。そのドロップアイテムである革は性能もさることながら、『裁縫師』であれば容易に加工できるうえに色合いも鮮やかで、ギルドのエンブレムや洒落たカラーリングの装備を作ることが出来る人気素材だ。当然、市場価格は高い。

 聞いた店主の顔が、ますます歪む。
 だがそれは、俺が何も無茶な買い取りを頼んでいるからというわけではない。

 「……ってことは、受けたのか。『七色の革素材』クエスト」
 「ああ。ちゃんとクリアして、報酬のレアポーション貰ってきたぜ」

 七十層の主街区にいるNPCからのクエスト、『七色の革素材』。

 三色リザードの上位亜種、『レインボーリザード』を倒して入手できる特殊な革を調達する、という典型的なスロータークエストだ。ちなみにこの《七色の亜竜革》の利用はマスターの『裁縫師』でも不可能で、何らかの他のスキルが必要なのだろうということで検証が行われている。

 が……今はそんなことを聞かれているのではないのだろう。

 「俺は止めたぞ。ソロでは危険だ、と」
 「おいおい、いいじゃねえか、ちゃんとこうして生きて帰って来てんだぞ?」
 「HPを危険域まで落としておいて偉そうに言ってんじゃねえ」

 このクエスト、既に数人の『攻略組』が成功しているものの、敵のレベル平均は七十五と高くMobのポップもかなり激しい場所でのクエストだ。単身そこへと乗り込んだ俺は、危険といえば危険だったのだろう。事実、貴重な回復結晶を使って、離脱には転移結晶も消費している。俺の判断ミスだったのは明白だ。

 まあ、それでも生きてるんだ。いいんじゃねえか? と心の中で言う俺の考えを読んだかのように、店主が少々腹を立てたような顔で続ける。

 「いいか、シド。お前の一番の強さはな、その敏捷値でも、反応速度でもない。勿論『体術』や『軽業』スキルでもない。危機察知能力と、それを回避する才能だ。お前も分かってるだろう? 今回だって、ヤバいって分かってたはずだ。それを自分で無視してどうする?」

 「……」

 確かに、そうと言えばそうだろう。
 だが、ヤバいがまあいけるだろう、と思ったのも確かだ。

 とりあえず言えるのは、二年に渡るSAO歴で研ぎ澄ましていた俺のクエスト難易度に対する勘が、鈍っているということだろう。エギルの言う通り、俺は自分の最大の長所を殺しているのかもしれない。

 その理由に関して、エギルは何も聞かない。俺も言わない。
 二人とも、言うまでも無く知っているからだ。

 この世界で、俺の最も大切な人だった、ソラの死。

 その出来事が、もともと薄かった俺の死に対する恐怖感をますます、そして決定的に狂わせてしまったのだろう。俺も、自分が死にたがっているとこそ思っていないものの、本当に追い詰められた場面での集中力が、以前より乱れているのを自覚している。

 だが、それでも俺はクエストを受け続けていた。理由は俺にも判然としないが、おそらく習慣ってやつだろう。昔から続けているせいで、それをしない生活が暇すぎて考えられなかったという感じなのかもしれない。或いは逆に、何も考えなかったらこうしてクエストを受け続けているのかもしれない。

 結果、こんな状況なのだが。

 (……それとも、あのせいかね…)

 そしてもうひとつ、俺のスランプの理由。
 こちらは誰にも…勿論エギルにも言っていないが、精神論では無い厳然たる数値的問題。
 それも、俺の成長を妨げている。

 「……まあいい。で、代金は、」
 「いつも通りでいい」
 「……そうか」

 それだけ言って、エギルがトレードウインドウを操作する。
 表示される金額は、俺の一日の生活費。

 これは以前…といってもギルドホームを出て完全なソロに戻ってからだから三か月程度だが…「どうせあっても使わないから金は適当でいい」と言った際に「…思い遣って恵んでやると思うな」とだけ言って、本当に一日の生活費分しか出さなかったのだ。まさか本気でぎりぎりまで削りやがるとは思わなかった。

 だが、この店主もただの悪徳故買屋ではない。

 「……ああ、コレ。頼まれてたモンだ」
 「……適当に処分してくれ、って言ったんだがな」
 「こんなもん、お前の他に使う奴がいるか」

 実体化したオブジェクト、《フレアガントレット》。耐久度がかなり減っていたため、先日売り払うつもりで渡していたものだ。完全に治っているということは、またリズベットに無理を言って注文したのだろう。受け取ってからまだ一日、リズベットもよく修繕してくれたもんだ。

 まあこんな超特殊な防具、使い道が無いというのも、嘘では無かろうが。

 「あと、コイツだ。奢ってやるから使っとけ」

 手渡される、回復結晶。確かにHPレッドゾーンで転移門にとんでそのままだった。

 いや、流石におかしい。確かにいい奴だが、ここは《圏内》。そう言えばよく見れば、その目が俺の方を見ない…というか、どことなく泳いでいる。俺が座り込んだテーブルには、いつもは出てこない茶なんぞ出ている。流石にいい年こいた(実際いくつかは知らんが)大人なので有る程度は表情を作れる男だが、俺の目はごまかせない。

 こいつ。

 「なあ、エギル」
 「なんだ?」
 「何隠してんだ?」
 「なにがだ?」

 エギルは笑顔を崩さない。が、

 「そもそも笑顔ってのがおかしいだろ。お前自分のキャラ考えろよ」

 その笑顔が、ピシリと凍りついた。


 
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