ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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SAO編
episode6 虚ろな風と再びの火種3
途端、俺は世界が急に色付いたように感じた。
最初は何が起こったのかまるで分らず、一瞬遅れて自分が無理矢理に引き起こされて、その頬を打たれたことを悟った。と同時に、頬に鈍く痺れるような痛みを感じた。それまでは、何も…それこそ金属兵のエストックが突き刺さっても何も感じなかったのに。
「アンタは、なんで、なんでこんなとこにイジけて転がってんのよ!?」
元の世界であれば唾がかかるほどの至近距離で怒鳴るのは、今まで会ったことの無い少女だった。ふわふわとした肩までのベビーピンクの髪に、フリルのついたエプロンの可愛らしい姿。見たところ、『裁縫』かなにかの職人プレイヤーか。
「呆れた! いざ会ってみれば、こんな奴だったなんて!!!」
呆けたように見つめる俺の前で、少女はなおも怒鳴り続ける。その声は、徐々に湿り気を帯びていき、そのダークブルーの大きな瞳にみるみる涙が溜まっていく。俺の胸倉を掴んだ華奢な手が、ぶる
ぶると震える。
「ソラが、アンタの奥さんが! こんなイジけた奴を好きになったって言うつもり!? 違うでしょ!? 少なくとも、アタシがソラから聞いてたアンタは、もっとカッコよかった! ソラは、…っソラっは、アンタの事を、店に来るたびに、いっつも誇らしげに話してた!!!」
少女の瞳から、堪え切れなくなった涙が次々と零れ落ちていく。
この少女は、知っているのか。
ソラに、なにが起こったのか。
ならこの少女も、『攻略組』の一員…或いはそれに近い位置にいるのか。
ぼやけていた視界がガクガクと揺さぶられ、色を取り戻していく。
「……でも、俺なんかが…」
「言い訳するな! アンタは、『勇者』なの! 少なくとも、ソラにとっては、アンタが、アンタこそが『勇者』なのよ! こんなところで、イジけてるなんて許されないのよ!!!」
開きかけた口を、少女が力ずくで閉じさせる。言葉に詰まったところで、少女が右手を離してメニュー画面を操作し、アイテムをオブジェクト化する。慌てて体を支える俺の前に現れたのは……一つの、手甲。
見覚えのある…というか、忘れられるはずの無いそれは。
「《フレアガントレット》…?」
「…キリトが、持って来てくれたの。私の銘があったから、って。っ、その時、全部、全部聞いたの…アンタのことも、…ソラのこともっ…!」
その顔が、俯く。私の銘…ということが、この少女が、ソラの言っていた「知り合いの鍛冶屋」…リズベット、なのか。初めての出会いが、こんなものになるとは、俺も…ソラも、この少女も思ってなかったろう。全部聞いた、と言ったということは、キリトが言ったのか。
ソラが死んだ…自分の作った防具が、ソラを守り切れなかったことを。
自分の作った細剣が、敵の手に落ちてしまったことを。
そしてこの手甲が、PoHの一撃であっさりと砕かれたということを。
彼女はなおも、食いしばった唇の端から、絞り出すようにして言葉を続ける。
「……ありったけの素材使って、限界まで鍛えなおしといた、からっ! …こんっ、今度は! 今度は、絶対に負けない! 相手が魔剣でも、《友斬包丁》でも、PoHでも!!! アタシの武器は、もう絶対に負け、な、いっ、がらっ…っ!!!」
最後は、もう、言葉にならなかった。
彼女は最後にもう一度だけ、力無く俺の体に拳を叩き付けた後、立ち上がってアスナの胸へと飛び込んだ。そのまま大声を上げて泣きじゃくる。アスナが、その体をそっと支え、背中を撫でてやる。
彼女も、悔しかったのだろう。
お得意様で、俺よりも長い付き合いだった友人を失ったのだ。
そして何より、自分の作った防具が、彼女を守れなかった。
嗚咽を聞きながら、俺は残された《フレアガントレット》を手に取る。最後にキリトに放って渡した時は罅が全体に広がって今にも壊れて消えそうだったそれが、改めて見たそれは完全な輝きを取り戻し、ほのかに薄赤い火焔を纏ったような鮮やかな光を取り戻している。そして今、その手甲は、まるでそれ自体が燃え盛る様に、己の熱を俺に伝えてきた。
それは、もう二度と負けないという、意志無き手甲の叫びか。
それとも、涙と後悔、怒りと決意、己の全てを込めた、リズベットの思いの結晶か。
その炎は、俺自身の、枯れきった心に、再び…もう一度だけ、炎を灯す。
もう一度。もう一度だけ。
その意志が消えないうちに、俺は声を出す。
「……アスナ。条件がある。俺と、対戦してくれ」
思いの、全てを振り絞って。
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