ラ=ボエーム
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第四幕その三
第四幕その三
「貴方、詩人でしょ。そんなこともわからないの!?」
「まさか」
「ええ、そうよ」
彼女は言った。
「貴方に会いに来たのよ、最後に」
「最後にってまさか」
「今階段のところまで連れて来たわ。私が肩に担いできたのよ」
「そうか、だからそんなに汗だくになって」
「私のことはいいって言ってるでしょ。それよりミミを」
「わかった。それじゃあ」
「うん」
マルチェッロとショナールが迎えに行った。コルリーネはベッドを用意している。
「飲み物は何処かしら」
「ここにワインがあるけれど」
「そう。有り難いわ」
ムゼッタはワインと聞いて顔を少し明るくさせた。
「少しでも。気付けになってくれれば」
「けれど。どうして君がミミを」
「道で倒れていたのよ」
ムゼッタは言う。
「道で」
「ここに行く途中だったのね。たまたま通り掛かって」
「そうだったのか」
「あのままだと。多分そのまま」
「済まない」
「私はいいのよ。私なんか」
俯いて言った。
「遊び歩いているだけだから。そんな私が何をしてもね」
「いや、そうじゃないよ」
彼もムゼッタのことはわかっていた。
「ミミと僕の為にここに来てくれたんだよね」
「少なくともミミの為よ」
半分はそれを認めた。
「ミミは・・・・・・放っておけないから」
「・・・・・・有り難う」
「おいロドルフォ」
マルチェッロとショナールが部屋に戻って来た。ミミを間に挟んで担いでいる。
ミミは両肩を担がれていた。そして蒼白となった顔でロドルフォを見た。
「ミミ・・・・・・」
「御免なさい、私」
「馬鹿だな、何を謝ることがあるんだ」
ロドルフォはミミに駆け寄った。
「僕に、僕に会いに来てくれたんだよね」
ミミを抱き締める。二人は抱き合った。だがミミの力はもうなくなろうとしていた。
「これが・・・・・・最後だから」
ミミはか細い声で言った。
「最後なんかじゃない」
ミミを、そして自分を励ますように言葉を返す。
「君は・・・・・・これからも生きるんだ」
「ロドルフォ・・・・・・」
だが他の者にはもうわかっていた。ミミの白い、やつれた顔が何よりも物語っていた。それをどうしようもないことも彼等はわからざるを得なかった。
「ミミ」
ムゼッタがミミにワインを差し出す。
「飲めるかしら」
「ええ、有り難う」
ミミはそれを受け取る。そしてほんの一口だけ含んですぐに返した。
「全然飲んでいないじゃない」
「喉は渇いてないから」
「嘘よ」
ムゼッタはそれを嘘にしたかった。
「遠慮しなくていいのよ、貴女は」
「いえ、本当よ」
その笑みも力ないものであった。
「だから。心配しないで」
「ミミ・・・・・・」
「ねえロドルフォ」
今度はロドルフォに声をかけた。
「何だい?」
「悪いけれど。横になっていいかしら」
「横に」
「少し。疲れたから」
「ああ、いいよ」
ロドルフォはこくりと頷きコルリーネが用意してくれていたベッドに横たわらせる。
横たわったミミに布団を被せる。そしてその枕元に座った。皆二人の周りを囲んだ。
「皆。側にいてくれるのね」
「当然じゃないか」
ロドルフォは優しい声で言った。
「君のことが好きだから。誰も君を嫌わないよ」
「・・・・・・有り難う」
そう言った後で咳をした。血は出なかったがその咳は彼女の命を表わしていた。
「寒いかい?」
「いえ、大丈夫よ」
ロドルフォに答える。
「暖かいから。皆がいてくれて」
「そうか」
「ええ、そうよ」
この時でもロドルフォ達を気遣っていたのだ。
「だから。安心してくれ」
「わかったわ。ムゼッタ」
ムゼッタに顔を向けた。
「何かしら」
「有り難う。ここまで連れて来てくれて」
「何言ってるのよ」
顔は笑っていたが声は泣いていた。顔だけは無理して笑みを作っていたのだ。
「こんなこと。当然じゃない」
言葉も詰まっていた。
「友達なんだから」
「友達」
「そうよ。こんなことで・・・・・・御礼なんかいいわ」
「そうなの」
「そうよ。だから気にしないで、いいわね」
「・・・・・・ええ」
弱く微笑んでこくりと頷いた。
「それなら」
「気にしなくていいから」
「ムゼッタ」
そんな彼女にマルチェッロが声をかけた。
「今まで誤解していた。済まない」
「・・・・・・いいのよ」
声は泣いたままであった。
「気にしてなんかいないから」
「そうかい」
「ショナール」
コルリーネの声は何時になく感傷的なものであった。
「ちょっと出て来る」
「どうしたんだ?」
「・・・・・・お金を作ってくる」
「お金って。君には何も」
「あるさ」
真摯な顔で言う。
「僕の長い間の友人がいる。彼の力を借りる」
「友人って」
「彼だ」
そう言って壁にかけてある外套を手に取った。
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