ラ=ボエーム
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第四幕その四
第四幕その四
「彼が。助けてくれる」
「けれどそれは」
「いいんだ」
彼は自分も身を切るつもりだった。
「年老いた外套よ、聞いてくれ」
外套に対して語る。
「今まで一緒にいてくれて有り難う。君にはどれだけ助けられたことか」
「コルリーネ・・・・・・」
「君と一緒にいられて本当に楽しかった。君がいてくれたから僕は金とか権力とかには負けなかった。寒さにも負けはしなかった。君のおかげだ」
だが彼は今その友人と別れようというのだ。ミミの為に。
「けれど。君と別れなければならないんだ。一人の少女の為に。・・・・・・それをわかってくれるな」
そして最後に言った。
「さようなら。君にそれを告げよう、忠実なる友人よ」
「それじゃあ僕は」
ショナールはロドルフォとミミを見て言った。
「暫くそっとしておいてやるか。もう」
「そうだな。皆できることをしよう」
「ああ。一緒に行くよ。君の友人は僕にとっても友人だ。一緒に別れを告げよう」
「・・・・・・有り難う」
二人は部屋を後にした。マルチェッロはそれを黙ってみていた。
「ムゼッタ」
彼等と同じように部屋を去ろうかと言おうとした。だがそれより先にムゼッタは言った。
「マルチェッロ」
「何だい?」
「マフラーを取って来ていいかしら」
「マフラーを」
「ええ。実は家にとても暖かいマフラーがあるの。それをここに持って来たいのだけれど」
「そうか」
「どうかしら。ミミの為に」
「いいことだね」
心の底から頷いた。
「じゃあ僕も一緒に行っていいかな」
「貴方も」
「うん。どうかな」
「・・・・・・お願いするわ」
マルチェッロがどうしてそんなことを言ったのかわかった。だとすればそれを受け入れなければならなかった。
「一緒に来て」
「わかったよ。それじゃ」
二人も消えた。こうして部屋の中にいるのはミミとロドルフォだけになってしまった。
「皆、外に出たのね」
「ああ」
ロドルフォはミミの言葉に頷いた。
「気を使ってくれたのかしら」
「口は悪いけれどいい奴等だからね」
「そうね。ムゼッタも。私をここまで連れて来てくれたし」
「派手だけれどね。人柄は凄くいいんだよ」
優しい声で言う。
「誤解されやすいけれど」
「そうね」
「マルチェッロもそれがわかっているから」
「私もわかっているわよ」
「そうなんだ」
「だから私ムゼッタが好き」
ミミは言った。
「けれど・・・・・・貴方はもっと好き。貴方は私の全てだから」
「ミミ・・・・・・」
ロドルフォは両手でミミの手を握った。か細く、触れただけで折れそうであった。
「夕日ね」
「うん」
窓の方を見て言う。
「私、また貴方と一緒に歩きたい」
「パリの街をね」
「カルチェ=ラタンで。もう一度遊びましょう」
窓をつがいの燕が飛んでいく。
「あの燕みたいに」
「巣へ帰って行くんだよ、あの燕は」
「巣に」
「うん。近くに巣を作っていてね。そこにいるんだ」
「そうなの」
ミミはそれを聞いて考える顔になった。
「私達も。そうなりたいわね」
「あの燕達みたいに一緒に」
「ええ。ずっと暮らせたら」
「きっとそうなるよ」
ロドルフォはこう言ってミミを励ました。
「きっとね」
そう言いながら立ち上がる。そして壁にかけているボンネットをミミの側に持って来た。
「これはあの時の」
「そうさ、ずっと取っていたんだ」
ミミの顔が喜びで晴れやかになった。ロドルフォの目も本当に優しいものになる。
「君との思い出は。全部覚えてるよ」
「・・・・・・有り難う」
ボンネットを受け取る。その目に涙が浮かんでいる。
「最初に会った時は」
「真っ暗闇の中だったね」
「私が灯かりをなくしてしまって」
「僕のところにきて」
「鍵までなくして」
「探している時に手が触れて」
「それが全てのはじまりだったわね」
「まるで昨日のことみたいだ」
ロドルフォの目も潤んでいた。
「あの時の君の手は本当に冷たかった」
「貴方の手は。驚く程暖かかった」
「クリスマスに遊んで」
「このボンネットを・・・・・・うっ」
また急に咳込みはじめた。
「ゴホッ、ゴホッ」
「ミミ、大丈夫かい!?」
ロドルフォは慌てて彼女を抱き締める。
「え、ええ」
ミミも必死にロドルフォを安心させようとする。
「大丈夫よ。だから」
「わかったよ。それじゃあ」
ミミから離れて椅子に戻る。そこへショナール達が戻って来た。
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