ラ=ボエーム
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第二幕その一
第二幕その一
第二幕 私が街を歩くと
カルチェ=ラタンとはフランス語でラテン語地区という意味である。シテ島を中心としてセーヌ河で分かれると左岸にあるこの地域は昔から学生の町、そして文化の町であった。各国から学生達がやって来て石畳の上に藁を敷いてその上に座って大学の講義を聞いていた。その講義がラテン語で話されていた為にこの呼び名となったのである。ロドルフォはソルボンヌにいた頃からこの街に親しんでいた。そして今では完全にここの住人となっていたのである。
彼とマルチェッロ、ショナール、コルリーネは『カルチェ=ラタンの四銃士と呼ばれていた。いつも四人でおり、そして勘定を払うことなく遊んでいた為にこう呼ばれていた。彼等は要領よく遊ぶ方法を知っていたのだ。金がなくとも遊ぶ、パリジャンの生き方に忠実であったのだ。
クリスマスのカルチェ=ラタン。今ここでは多くの人達で賑わっていた。見れば様々な人達がいる。彼等は出店を前にして騒ぎ遊び飲んでいた。食べ物が飛ぶ様に売れていた。
「ナツメヤシにオレンジをどうぞ」
果物屋の親父が言う。
「焼き栗はいかが」
その隣では栗が売られている。
「パイにクリーム菓子もあるよ」
「こっちはカルメラ焼きを売ってるよ」
「十字架をどうぞ」
「お花はいかが」
商人達も活気よく商売を行っていた。そしてその中にロドルフォ達もいた。
マルチェッロは焼き栗を買っていた。次にカルメラを。ショナールは音楽用品を物色し、コルリーネは古本屋の前にいる。ロドルフォとミミはあちこちの店をぶらぶらとしていた。それぞれ夜店を楽しんでいた。
「焼き鳥はいかが」
見ればすずめやうずらを焼いている。旨そうな匂いがする。
「人参のお菓子をどうぞ」
「薔薇があるよ」
「ラッパ安いよ」
「コーヒー美味しいよ」
「こっちはワイン」
「ビール大安売りだ!もってけドロボー!」
客達はそんな声に誘われ店の間を歩いている。寒い筈のクリスマスの夜は異様な活気に満ち暑い程であった。
親に連れられた子供達もいる。警衛の兵士達も。市民に学生、金持ちにミミと同じ様なお針子娘、そして娼婦に僧侶。よく見れば僧侶達もちゃっかり紛れ込んでいた。
ショナールはその中で楽器をまじまじと見ていた。狩猟ラッパを吹きながら確かめていた。
「このラッパはおかしいぞ」
中年の太った店主に対して言う。
「左様で?」
「左様で、じゃないよ。ラの音がおかしい」
「そうでしょうか」
「じゃあ吹いてみるよ」
「はい」
実際に吹いてみる。すると妙にくぐもっていた。
「他の音はこうなってる」
また吹く。するとその男は清らかなものであった。
「ほらね。おかしいだろ」
「確かに」
「他に悪いところはないけれど。これはどうにかならないかな」
「それじゃあお安くしときますよ」
「どの位だい?」
そこを問うと返答はこうだった。
「半分でどうでしょうか」
「半分か」
「ついでにそこにあるパイプもつけて」
「気前がいいね」
「そのパイプもいい加減かなり古いですからね。よかったらどうぞ」
「そっちのパイプはそれ程悪くはなさそうだけれど」
「まあよかったらどうぞ。そっちのパイプと合わせて元の額で」
「よし」
交渉成立であった。ショナールはコインを一枚渡した。
コルリーネは色々と本を買っていた。その中の一冊にやけに注目していた。
「よくこんなものがあったね」
「掘り出しものですよ」
いささか胡散臭そうな親父がこれまた怪しい笑みを浮かべて言う。
「他には滅多にないかと」
「というよりはじめて見たよ」
その声はややうわずっていた。
「こんな本。よくあったね」
「ですから掘り出しものなのですよ」
入手ルートすらはっきりしないようだ。
「おわかりでしょうか」
「そんなものかな」
あまりいいとは言えない口車であったがコルリーネは世事に疎いのかそれに乗っているようであった。
「はい、ここでしか手に入らないでしょうね」
「ふん」
「今ならお安くしときますよ」
「わかった、それじゃあ買おう」
「毎度あり」
そしてまんまと買わされてしまった。だが買ったコルリーネは上機嫌であった。
ロドルフォはこの時ミミと一緒だった。そして帽子屋の前で二人でいた。
「どれでも好きなの買っていいよ」
彼は優しい声でミミにそう語っていた。
「どれでもいいの?」
「うん、君だったら何でも似合うけれど」
「嫌だわ、そんな」
その言葉には恥ずかしそうにする。
「お世辞だなんて」
「お世辞なんかじゃないよ」
ロドルフォはのろけて言った。
「本当のことさ」
「もう」
二人は完全に恋人同士になっていた。そして帽子屋の前で仲睦まじく話に興じていた。
残るマルチェッロは店と店の間をウロウロとしていた。そして品物と通り行く女の子達を物色していた。
「トゥループラムは如何」
「僕のトゥループラムは何処かな」
そう言いながら女の子達を見ている。
「別嬪さん達にお花を」
「若しくは花を」
そう言いながら見回していた。そこにコルリーネがやって来る。
「おうマルチェッロ」
「何だ、君か」
コルリーネの方を振り向いて残念そうな顔をする。
「何だはないだろ」
「男に声をかけられてもな」
「男にもてるだけましと思うんだね」
「生憎僕にはそんな趣味はなくてね。それにしても機嫌がいいね」
「ああ、掘り出し物の本を見つけてね」
「掘り出し物!?」
「そうさ」
彼はにこやかに返した。
「物凄い掘り出し物をさ。凄いぞ」
「一体どんな掘り出し物なんだい?」
「ルーン文字の文法書さ」
彼は胸を張って言った。
「ルーン文字・・・・・・あああれか」
かって北欧で使われていた文字である。石等に刻むことが多く、硬い感じの文字である。魔力が備わっていると言われているが実際に北欧の魔術師達がよく使っていた。
「あれの文法書なんだ」
「どうだい、凄いだろう」
「それはどうかね」
だがマルチェッロは思わせぶりに笑うだけであった。
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