シャンヴリルの黒猫
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21話「そのぬくもりを」
「良かった、無事に終わったみたいね」
「ああ…」
「私の方もね、食材たくさん買ったわ。色の良い野菜が一杯あって――」
「……」
「――それからね、凄く美味しそうに熟れてる果物があったから、買い込んじゃった。私の知らない旬の果物もたくさんあってね、店員さんがおまけに1つくれたの」
そこまで一気に喋り終わって初めて、薄い反応しかしないアシュレイの異変に気づいたようだった。
「アッシュ? どうかした? …もしかして今更バルバズの麻痺毒が効いて――!?」
「いや、違う」
顔を真っ青にしてバッグから麻痺回復薬を出そうとするユーゼリアを、逆にアシュレイが慌てて止めた。
心配そうにアシュレイの顔を見やるユーゼリアに苦笑をし、宿に向けて歩き出す。目星は既にユーゼリアがつけていた。
若干の不満顔を無視して歩き続けると、ふと、思いがけず言葉が口をついた。
「ユリィが」
「え?」
心の中で言ったつもりだったアシュレイも少し驚いていたのだが、今更引っこめるわけもなく、仕方なく――その割には彼自身気づかずに静かな熱が籠もっていたが――続きを口にした。
「ユリィが、例えばただの農民の次女だったとして、もし隣に住んでいた何の変哲もない隣人がヒトの皮を被った化け物だったと知ったら……どうする?」
「なに、急に?」
「いいから。例え話さ」
不思議そうな顔をしつつ手を顎にあて、足は止めずに考えこむ姿勢をとりながら、ユーゼリアは言った。
「そうねぇ、やっぱり怖いけど、今まで仲良くしていた普通の隣人だと思っていたら……」
「いたら?」
「"あなたは私達の敵ですか""あなたに私達を殺す気はありますか"って聞くわ。それで敵意がないなら、今まで通り接する……かなぁ? 実際そういう状況になってみないとわからないけど」
その答えに、アシュレイは自身がいくらかほっとしたことに気づいた。
「…そう、か。変なことを聞いてすまなかった」
「いえ、別に?」
謝ると、先ほどより軽い足取りで宿へと向かう。
「……やっぱり猫みたい」
気ままなアシュレイの見えない行動に首を傾けながらも、とりあえずその背を小走りで追いかける。
ところが、思いの外彼の足が速く、なかなか追いつかない。
ユーゼリアは、アシュレイの背に誰かが重なって見えた。
「コ…アッシュ! 待って…置いていかないで!」
「ん?」
無心で歩いていたアシュレイは、必死な声に足を止めた。ヒステリックな叫びに、周りの町民もユーゼリアを見やる。
「…はぁ…はぁ。や、宿の位置を知ってるのは私なんだからね。次を左に曲がるわ」
「悪かった。ちょっと速かったな」
精神的なものと肉体的な疲労にゼエゼエと息を荒くするユーゼリアにアシュレイは声をかけた。
並んで歩き始めると、ぽつりとユーゼリアが口を開いた。
「アッシュは…」
「ん?」
それきり押し黙ったユーゼリアに、前を向いたままアシュレイは言った。
「置いていかないよ」
「ッ」
ハッとこちらを見上げてくるユーゼリアにちらりと視線を送ると、再び前を向いて言った。
「独りにはしない」
ユーゼリアはうつむいていた。涙を浮かべたまま下を向き、先ほどの恐怖に、その華奢な肩を震わせる。
ぽんぽん
ユーゼリアの頭に、大きな手のひらが乗った。
(あたたかい…)
そのぬくもりを、手放したくない。
前を向いたまま、アシュレイはもう一度言った。
「独りには、しないから」
後書き
>「コ…」
は誤字じゃありませんよー
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