シャンヴリルの黒猫
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22話「グランドウルフ戦 (1)」
それは日が傾き始めたころだった。アシュレイは無言でむくりと起き上がった。
(……来る)
魔物の群だ。
もう今日は何もする予定はないので、2部屋を取ったあとは2人とも部屋でゴロゴロとしていたのだが、そうもいかなくなったらしい。
すぐにユーゼリアに知らせようとして、ふと思い留まる。
(普通人間にこの距離から魔物の感知なんてできるか?)
答えは否。
アシュレイが察したのは、町の外周より更に200m以上遠くである。他には目もくれず町へ一直線に向かってきていた。200m程度ならば町の遠見もすぐに気づくだろう。
(警告が来てからの方が、良いか)
人が周りにいる時は力を制限しようと決めていた。事実あのグレイウルフ戦でも力はセーブしたつもりだったが、比較対象がユーゼリアの杖術だった為、あまり分かっていない。彼女のランクはB+だが、それは召喚魔道士としてであって、近接ではないからだ。
まもなく、町に大きな鐘の音が響き渡った。何度も何度も続けて鳴り、拡声魔法による警告が告げられた。
『町より西南西方向に魔物の群を発見。繰り返します。西南西方向に魔物の群を発見。警備兵及び町に滞在中の冒険者は至急西門前広場に集合せよ。町民は落ち着いて屋内に待機してください。繰り返します。町より西南西方向に――』
バンッ
「――アッシュ!」
「ああ、行こう」
勢いよく扉が開かれ、ユーゼリアがローブに杖を装備して叫んだ。
チン、と小気味良い音をたてて剣を腰に差す。
階段を駆け下りて西門前広場へと向かう。途中数人の冒険者らしき人影が、同じく広場の方へと走っていた。
「以上、解散!」
そこではもう説明は終わったようだった。ユーゼリアが解散と言っていた人物に話しかける。
「すみません、冒険者の者です。説明お願いします」
「ああ、やっと来てくれたか。西門方向から魔物の群だ。遠見がいうには、グレイハウンドの群と、奴らを率いるグランドウルフが1匹。グレイハウンドは20匹もいるような大群らしい。正直、ここにいる警備兵達だけでは厳しい。手伝ってくれないか」
「もちろん。そのつもりで来たわ」
その後、他の冒険者達が質問や作戦を話し合っているうちにユーゼリアに聞いた。
グレイハウンドはグレイウルフの上位の魔物で、より強靭な毛皮や牙を備えもつ。単体でDクラス、6匹以上の群の場合Cクラスとなるらしい。それが今は20匹。小さな町の警備兵達だけでは荷が重い。
それに加え、グランドウルフは単体Bクラスの大物だった。
(果たしてBクラスになれば、俺が“隠れた同族”だということに気づくかな)
アシュレイがそんなことを考えていると、ひとりの大柄な冒険者がアシュレイ達の元に寄ってきた。彼の後ろには30過ぎと思われる長剣を差した男と、先ほどギルドで見たローブの冒険者がいた。
「お前ら、ランクと武器を教えてくれ」
槍を担いだ、如何にも屈強そうな男だ。浅黒い肌には過去の消えきらなかった傷痕がいくつも見えた。
「俺は槍使いのガーク、Bランカー。そこのが今パーティを組んでる、剣士C+ランカーのアズルと、魔道士B-ランカーのクオリだ。クオリは回復魔法も使える。ちょうど3人であのグランドウルフの討伐に来ていたところだ。Bクラスの魔物だからな。まあ、魔獣じゃないのが救いなんだが」
「そうね。魔獣と魔物じゃ相手の仕方が違うもの。よろしく、私はユーゼリア。B+の召喚魔道士」
「ユーゼリア…って、あんた【孤高】か! こいつは心強い。そっちの顔の良い兄あんちゃんは?」
「彼はアシュレイ。訳あって今一緒に旅をしているの。剣士でまだF-だけど、実力はC以上なのは確かよ」
「おいおい、まだこんなに若い“剣士”が実力C以上? そりゃ流石に冗談キツいぜ、【孤高】さんよ。魔道士じゃあるめェに」
後に聞くには、魔力の量と才能でものが決まる魔道士なら兎も角、剣士などの自分の腕で戦う近接系は才能も必要だが、余程の天才でない限りは、何より経験が大切なんだとか。
故に、ランクC以上の近衛職は年齢も上の方が多く、30歳前でBやAランクになっているのは珍しいらしい。
「だが…」
ガークが続けた。ニヤリとアシュレイに笑いかけながら言う。
「【孤高】が太鼓判を押すなら、いいだろう。Cランカーとして扱うぞ。…本当にだな?」
「ええ。もちろん」
「カッ! 随分信頼されてんなァ! え? 兄ちゃんよぉ!」
ドスドス肘鉄を喰らわせながら、耳に顔を近づけて早口に言った。
「だが俺は完全に信用したわけじゃ無ェからな。悪いが一番キツい役を回させてもらうぜ」
「構わない。死ぬつもりはないからな」
その言葉に驚いたような顔をしながらも、豪快に笑いつつバシバシと肩を叩いた。
「ガハハ! 死ぬなよ、アシュレイ! 前途ある若者ンよ!」
苦笑を返しつつ西門の外へと向かう。
アシュレイの担当は、グランドウルフ。ユーゼリアが召喚をするまでの間、時間稼ぎをすることだった。ガーク、アズル、クオリの3人は、グレイハウンドの掃討を担当する。終わり次第援護に来るらしい。
これは確かに難しい、とアシュレイは腕を組む。
(手加減の仕方の良い練習になるかな)
目視できる程まで近づいたオオカミ共を見て、そう思った。
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