シャンヴリルの黒猫
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20話「ヒトでないもの」
「あ、巣の欠片もありますね。じゃあこれは別な素材として換算しますね。このサイズだと、600リールになります」
紙面に何かをさらさらと書き込みながら、受付嬢が慣れた手つきで素材の鑑定をする。
「にしても、仕事早いですね。まだF-なのに……あ、失礼しました。もしかして、ギルド登録する前に何かしてらっしゃいました?」
「ん、まあ…な。かれこれ5年やっていた」
「え、あなたの年齢で5年、ですか? なんだろうー」
楽しげに頬に指をあてながら考える素振りを見せる。
「そういえば、依頼受けにいらっしゃった時、滅茶苦茶美人な女性と一緒でしたよね! 恋人ですか!?」
苦笑していると、別のカウンターから先輩と思われる受付嬢が声をかけた。
「こら、あんたまた仕事サボって! 人の過去を聞くなんて失礼でしょ!」
「えー」
「"えー"じゃない! 申し訳ありません。この子、去年からこの仕事してるんですけど、仕事は早いのにサボり癖とお喋りが凄くて。何度も言って聞かせているのですが…」
「ああ、いや、構わないよ。……君、名前は?」
怒られてしゅんとなっていた受付嬢が、顔を上げる。
「あ、メリアといいます」
先輩の方にも目で催促すると、彼女はサラと名乗った。
「そうか。…メリア、俺は気にしない質たちだから問題ないが、聞くなら相手を見て聞かないとメリアが危ないぞ。面倒なことに巻き込まれたり、な」
「…あ、はい。申し訳ありませんでした」
少しの間ぽけっとしていたが、サラに肘でつつかれるとハッとして返事をした。
「ただ――…」
「"ただ"?」
続きを急かすメリアに、微笑を浮かべながら言った。
「俺はそういう人懐っこいところは長所だと思っているよ。こと、自分がそういうのとは無縁だからな。……ひどく、人間らしい」
最後の言葉は、メリアとサラの耳には届かなかった。
“人懐っこい”という性格は、魔人社会の中ではありえないものだった。
魔人は、孤高の存在である。
皆総じて矜持が高く、自らにまわりに置くものは、侍る遣い魔だけ。そんな彼らは、自らの周りに“他人”がいることを厭う。それが例え、自らの兄妹だったとしても。
魔人と魔人が接触でもすれば、まず間違いなくその地はすべてが無に帰す。互いに強大な力を持っているがゆえに。
よって、彼らは数人で生活をしている。といっても、魔人はただ起きて、食べて、遊んで、寝るの繰り返しだが。
魔人は、無駄なことを嫌う種族だった。
だから、“世間話”なんて代物は、魔人にとっては単なる雑音にしかならない。いらない話は彼らを不快にさせ、話をした者達など一瞬で殺されるのがオチである。
それは遣い魔なら皆生まれながらに知っていることなので、魔人の前でそんな無様なことをすることはない。そしてだんだん、遣い魔も話をする相手聞く相手を限るようになる。
つまり、主人或いは自分にとって、必要な情報のみを選別して生きていくのだ。
ゆえに、アシュレイは、人間が生活する上での、その他人と他人の距離の近さに、ひどく違和感を覚える。
なぜ人間は許可もしていないのに、勝手に自分の領域の中に土足で踏み込んでくる?
なぜ人間は接点も何もない他人にそれほど興味を持つ?
なぜ、人間は不自由で生きにくいであろうに、他社と集団で行動し、生活をする?
そしてそれを――"何故人間は"と考えること自体が、アシュレイが人間ではないことを物語っていた。
最早自分は主人に捨てられた身。ならば、このままユーゼリアについて少しずつ人間として生きてゆくしかない。そう思っていた矢先に突きつけられた、"どうあったとしても「遣い魔」である"という事実。
人間になりきれないことには、この世界で生きて行くには厳しいだろうか――。
「それから、同伴していた彼女は、言ってみれば師弟関係だ。俺が弟子だな。俺の前の仕事は、ある方の道具となることだよ。……鑑定ありがとう。じゃあな」
言外に"これ以上聞くな"という牽制をかけ、出口へと向かう。ユーゼリアとは、討伐に出る際に落ち合い場所を決めていた。壁にかけてある時計を見やる。時間はちょうどいい。
僅かに軋む扉をあけて、時計台の下へと歩き出した。
******
アシュレイが去ったギルドにて。
「……サラ先輩」
「なに?」
「私、聞いちゃいけないこと、聞きました……?」
誰もいなくなったギルドの中で、手元に視線をおろしながら尋ねる可愛い後輩の頭を撫でると、明るい声でサラは言った。
「そんなことないわよ。良かったわね、長所だって褒められて」
「…そうですね! ていうかあの人かっこよくありませんでした!? あんまり見ない黒髪とか、『ある方の道具となることだ』…とか! 影があるイケメンとか、ちょ、どストライクなんですけど!!」
「前言撤回。あんたやっぱりしばらくしょんぼりしてなさい。うるさい」
「もうあの人行っちゃうのかなぁ。うちの実家の料理屋紹介したかったなぁ」
「うるさいっての」
こんな会話が繰り広げられていたことを、アシュレイは知らない。
後書き
アシュレイの感情の持って行き方が強引かも。
ここもなんとかせにゃあなー
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