戦国異伝
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第百十五話 大谷吉継その十二
家臣達もそのことは知っている、それで主の言葉にそれぞれ頷いて述べたのである。
「わかりました。時がまだあるのなら」
「今は、ですな」
「こうして酒を楽しんでもよい」
「そういうことですな」
「茶も酒も楽しむものじゃ」
つまり昼も夜もだというのだ。だが彼の家臣達は彼のこの言葉の中身にまでは気付くことがなかった。彼にしてもわからない様に言ったが。
「だからじゃ。よいな」
「では今宵は共に」
「楽しく飲みますカ」
「ここは是非」
「梅も食い」
「梅もよいぞ」
松永は梅のことも言う。
「酒に実に合う」
「ですな。織田信長は酒を飲まぬというのにわかっていますな」
「梅は酒にも合います」
「飯に合うだけではありませぬ」
「しかも喉の渇きも抑えてくれますし」
「実によいものです」
「心憎いのう、全く」
松永はここで信長を賞賛した。
「織田殿、やはり相当なお方じゃ」
「酒もわかっている」
「飲めぬというのに」
「人自体がわかっておられるのじゃ」
そうだというのだ。
「実にのう」
「確かに。まだ若いというのに」
「人を実によくわかっています」
このことは彼等も認める、そうした話をしているうちに樽の中から酒を汲み出しどんどん飲んでいく、その濁った酒はやはり美味い。
その美味い酒を飲みつつ彼等は話していくのだ。
「あれも才ですな」
「そして心遣いも出来ると」
「そうした御仁じゃからな」
松永はその悪名からは想像もできないまでに屈託のない笑みを浮かべていた、その笑みと共に言うのである。
「わしも惚れるわ」
「ですから殿、それは」
「魔界衆としてあってはなりませぬ」
「我等は闇の者、まつろわぬ者達です」
「それで日輪を愛するなぞもっての他ですぞ」
「どうかおたわむれでもその様なことは仰らないで下さい」
あくまでこう言う家臣達だった。
「そうして頂かねば長老がお怒りになられます」
「他の家の主の方々も」
「わかっておる。安心せよ」
松永は怪訝な家臣達に明るく返す。
「津々木家や杉谷家、高田家にもな」
「妙に思われては厄介ですから」
「百地家も気になりますし」
「魔界衆十二家の結束を乱すことは即ち死です」
「恐ろしいことになります故」
「実際にこれまで裏切った者達はおらんがな」
それはいなかったというのだ。
「これまではな」
「はい、それはいませんでした」
「一人も」
「掟としてはありますが」
「それでもです」
実際には裏切った者はいない、だが掟としては存在しておりそれを破ってはならないというのである。これが家臣達の言うことだ。
それを聞いた松永もこう返す。
「我等の掟は厳しいからのう」
「それがまつろわぬ者達を支え続けてきたが故」
「この我等を」
「我等はこれまで鬼だの土蜘蛛とも言われてきた」
松永はこんな話もした。
「あれこれとな」
「はい、今の朝廷にも征伐jされ」
「そして坂上田村麻呂にもやられました」
「清和源氏にはどれだけ苦しめられたか」
「忌々しいことです」
「全くじゃな。かつてはな」
家臣達の言葉に一応は応える松永だった。だが。
やはりと言うべきかまたこんなことを言うのだった。
「今ではないがな」
「我等の怨念は永遠」
「この国がある限り続きます」
「何時かこの国を滅ぼし闇で覆いましょう」
「今がその好機ですから」
「戦乱の世こそ我等が動ける時」
そうだというのだ。今の戦国の世は彼等にとって動きことを成すにはこの上ない好機だというのである。そうした話をして。
松永も闇の色の杯で酒を飲み満足している笑みで言った。
「やはり美味じゃ」
「ですな。酒はよいものです」
「夜はこれです」
「これを飲まねば夜ではありませぬな」
「酒なしの夜なぞありませぬ」
家臣達も口々に言う。
「では殿、今は飲みましょう」
「そして明日もまた闇に潜み」
「その闇を次第に大きくしていきましょう」
「是非共」
「明日は長い」
松永はここでもはぐらかす感じだった。
「ゆっくりとやるとしよう」
この言葉は誰にも聞かせなかった、松永は表面では頷く顔だった。だがその真意は隠してその上で今は酒を楽しんでいた。
第百十五話 完
2012・11・21
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