戦国異伝
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第百十六話 三杯の茶その一
第百十六話 三杯の茶
「全く、殿ときたら」
平手はいつもの様に岐阜城の中で怒っていた。
「また妙なことをされて」
「近江に行かれたことですな」
「そのことでありますな」
その平手に林兄弟が問う。
「近江に若く優れた僧がおるとか」
「その僧を迎え入れる為に行かれたそうですな」
「そうじゃ。近江で行かれるのはいいにしても」
「それでもですか」
「無用心であるというのですな」
「その通りじゃ。今は戦国の世じゃ」
何につけてもこれが厄介だった。
「何があるのかわからんのだぞ」
「それでお忍びで遠出をされる」
「それが駄目だというのですな」
「全く。殿はお変わりになられぬ」
このこともまた駄目だというのだ。
「どうしてそうやんちゃなのか」
「やんちゃでございますか」
林は平手の今の言葉に思わず吹き出しそうになって言い返した。
「今の殿が」
「子供ではないというのじゃな」
「もう二十一ですぞ、それでやんちゃとは」
「わしから見ればそうじゃ。二十一になっても羽目を外されてああした遠出を為されて」
「しかし護衛はちゃんといますぞ」
林はそれは大丈夫だというのだ。
「才蔵に飛騨者達が」
「左様です。それではです」
兄に続いて弟も言ってくる。
「安心してよいかと」
「それがしもそう思いますが」
「わしも護衛に行くと言えば止められたわ」
平手の怒りはさらに高まっていた。ぷりぷりとした感じで言う。
「わしは目立つからとな。岐阜の城を守っておれと仰ったわ」
「はい、平手殿は目立ちます」
「それもかなり」
このことは林兄弟も否定しない。それどころか肯定する。100
「何しろいつもお怒りですからな」
「嫌でも目立ちます」
「殿もそう仰っていたわ」
流石に信長は見抜いていた。
「わしは怒ってばかりだから目立つとな」
「もう少しお心を静かにされて」
「そうされればどうでしょうか」
「出来ればするわ。しかし殿を見ているとじゃ」
どうかというのだ。
「どうしてもじゃ」
「言わずにはいられない」
「そういうことですな」
「御主達も殿がご幼少の頃からお仕えしているのならわかるであろう」
平手の矛先は彼等にも向かう。
「ならばよりお諌めしてじゃ」
「別にお諌めすることはありますまい」
林は穏やかな声で平手に述べた。
「そう思いますが」
「殿はあれでよいというのじゃな」
「傾いておられぬ殿というのも」
そうした信長もだというのだ。
「どうもしっくり来ないと思いますが」
「それは」
「殿はご幼少の頃からああされる反面非常に何事にも励んでおられるではありませんか」
学問も欠かしていない。様々な書にも通じている。
「では問題はないかと」
「確かに殿は学識もかなりのもの」
「ではそれでよいのでは」
林はかなり信長の側に立っているがそれは自覚したうえでよしとしている。
「そう思いますが」
「そうですな。兄上の仰る通りです」
通具も兄のその言葉に頷く。
「ああした殿でなければ殿ではありませぬ」
「そして平手殿もです」
「そうして何かあれば怒られる平手殿でなければ」
二人で平手に対して言うのだった。
「やはりしっくりいきませぬな」
「殿に敢然とお諌めする平手殿でなければ」
「わしは言う者じゃ」
平手も自分でわかっている。彼自身のことも信長のこともだ。
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