ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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SAO編
episode3 『攻略組』の実力
四十七層主街区、『フローリア』に俺が降り立ったのは、既に一時まで秒読み段階の時間だった。見回せば、アスナのブチ切れ具合も秒読み段階だった。俺が最後の一人だったらしい。今にも怒鳴りつけそうな『狂戦士』殿は見ないふりをして、キリト他数人の知り合いに軽く挨拶をしていると、出発の号令がかかった。
今回、とあるボスの事情によってヒースクリフをはじめ大手ギルドのトップ連中の参加率が低いため、指揮を執るのは『狂戦士』アスナ。凛とした口調で迷宮区のマップ構造を説明しているのをぼーっと眺めていると、横からキリトが耳打ちしてきた。
「今日はいつもより装備が多いな」
「そこそこにな。いつもなんて俺、上着(レザーコ-ト)だけだし」
「そりゃ安上がりだな」
そう、今日は俺も正装というわけではないが、いつもよりも装備が多い。手には両手とも黒革製の、指の部分を切り取ったグローブ(スズメの涙ほどの体術スキルにボーナスが入る)。ブーツもいつもの耐久度だけが取り柄のボロ靴では無い、移動補正と防御増強効果のある(こいつもほんのちょっとだが)高級品に履き替えているし、極めつけは昨日、レミがエンブレムを入れ終えたばかりのガントレット。
前腕のみを覆う形状で、手までは包まないために『体術』スキル(貫き手とか)を妨げない片手盾の派生防具で、それなりの耐久度と防御力を有するが、普段は俺はそれを装備していない。ソラに言ったら「えーっ!?」とか言われそうだが、こいつを装備すると金属防具装備とみなされて『忍び足』をはじめとする幾つかの『隠蔽』スキルが使えなくなるのだ。
普段はモンスターを避けつつの探索がメインのため、フラグMob戦でもない限りストレージでの無用の長物だったが、今日は存分に活躍してもらわなければならない。いくらボスの攻撃力が低めとはいえ、生身でまともに攻撃食らうのは危険…っつーか、嫌だしな。
なんてことを考えている間に、最後の簡単なオリエンテーションは終わったらしい。アスナ達『血盟騎士団』の数名が迷宮区へと向かい始め、皆がそれに続く。キリト達もそれに続いて歩いていく。
(……うーん。ボス攻略、ね…)
どうにも現実感が無い。いや、緊張感が無い。
よく無いなぁ、とは思うものの、こればっかりはどうにもならないか。
ぼりぼりと寝ぐせのついたような頭を掻きながら、俺は集団の最後尾を歩き出した。
◆
攻略組の移動は、徒歩だ。別の手段としては『回廊結晶』を使ってボス部屋の前に全員を転移させるという手段も無くはないが、結晶自体の希少価値を考えればそうそう毎度使えるものでもない。今回はボスの攻撃手段も分かっており、メンバーのレベルも十分高い(らしい)。迷宮区を歩いても特に危険はないとの判断だ。
そこで俺は、βテストを除けば初めてとなる、『攻略組』の戦闘を見ることとなった。
感想は簡単。
「凄まじい」の一言に尽きた。
「イヤアアアアッ!!!」
気合いの声を上げての攻撃は、戦闘で戦う『狂戦士』のものだ。凄まじいスピードで繰り出される連続突きが、巨大な植物型モンスターの、花の下部分の弱点をまるでミシン針のように正確に貫いていく。大きく腕を引き絞っての最後の突き技のあと、
「スイッチ!」
叫んでバックステップし、モンスターから距離をとる。先の一撃で喰らった攻撃で仰け反りを課せられたモンスターがそれを追おうと動き出すが、硬直解除前に飛び込んだ斧使いの男の一撃に進路を遮られる。
「おおおっ!!!」
エフェクトフラッシュを纏った、横薙ぎの大ぶりな一撃。先程までのアスナの攻撃とは大きく異なる戦い方をすることで、モンスターのAIに負荷をかけて行動を抑えるという、完璧なスイッチだ。ここまで、一発も攻撃を喰らっていない。
「トドメっ!!!」
再度のスイッチで飛び込んだアスナの一撃は、《ニュートロン》。片手剣の派生、『細剣』スキルの高位技で、現在確認されるソードスキルで最速の発動速度をもつと言われている技だ。一瞬の隙も与えない一撃がモンスターのHPバーを吹き飛ばし、爆散するポリゴン片へと変える。
「大丈夫ですか?」
そしてさらに驚くべきことに、ここにいる全員が同じようにまるでモンスターから攻撃を受けることなく敵を倒している。いくらレベル差があるとはいえ、なかなか出来ることではないのではないか?
(さすがは、『攻略組』、ね……)
完全に計算され尽くした、連係動作。一撃でモンスターを怯ませるだけの威力を持つ、強力な武器。全く無駄のない、フルブーストされたソードスキル。そして何より、この狭い通路でモンスターに囲まれても、全く動じない精神力。なるほどこりゃ強い訳だ。
「OK。もう近くにモンスター反応はない」
「ありがとうございます。では、進みましょう。ボス部屋までもう少しです」
俺は今回の戦闘には参加していない。連携が出来ないのもあるし、ヒットアンドアウェイの戦闘スタイルの俺はこんな狭い場所ではとことん戦いにくい。『索敵』で後続のモンスターのポップを警戒していたが、正直いらなかったかな、とも思う。
アスナが再度の行軍を呼びかけ、部隊がまた歩き始める。
それにしても。
(みんな表情が硬いねえ……)
『狂戦士』といわれるアスナ程ではないにせよ、皆多少なり表情に緊張と切迫感が見られる。正直、あまりいい兆候ではないように思うのだが、どうだろう。一説では適度な緊張感は人の能力を高めるらしいので、全く緊張していない俺もよく無いのだろうが。
「シドさん? 行きますよ」
「はいよ」
後ろを振り返って、俺を促すアスナ。その表情が、やはりなんとなく母親とかぶる。
(まあ、いいや)
だがまあ、俺は勇者では無く、そこらに転がってるような一プレイヤーにすぎない。切羽詰まったお姫様を助けるのは、分不相応って奴だろう。確かにこのままでは彼女はプレッシャーに押しつぶされてしまうかもしれないが、助けるのはやっぱり選ばれた奴らだろう。
(そこに、もしかしたら俺の助言が、役立てばいいなー、くらいのものか)
そんなことを考えながら、俺は若干小走りで、皆の後を追い始めた。
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