ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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SAO編
episode3 夜の会話ととあるフラグと
「シド、頑張ったねっ。今日のキミは満点だよっ!」
「……何がだよ。まあ、頑張ったのは確かだがよ」
ソラは、ギルドメンバーになって以来俺のことを名前で呼ぶようになった。他の人間に妙な接尾語 (ファーちゃんだのレミたんだの)がついているのを知っている俺としては、無難な呼び捨てであって有難い限りだが。
「シド、アスナっちに何か息抜きになることを覚えさせたかったんでしょっ? ああいうタイプの人って、気遣われると意固地になっちゃうからさっ、あんなふうに言うのが一番効果ある、って思ったんでしょっ? すごいなー、って。おねーさんちょっと感心しちゃったよっ!」
「……別に、そんなんじゃねーよ。単に嫌がらせなだけだ」
「手際が良かったねっ。ひょっとしてっ、どこかでそんな経験でもあるのかな?」
そういって、ソラがにぱっ、と笑う。
ちっ。妙なところで鋭い奴だ。
「知りたいなーっ。シドがどうやってそんなことを覚えたのか」
ついでに誤魔化されてくれる気は無いらしい。
黙秘権を行使してやろうかと思ったら、目の前でカップをオブジェクト化され、そこにコーヒーを注がれる。思いっきり持久戦の構えだ、このやろー。
「ねえねえっ。おねーさん知りたいなーっ!」
テーブルに両肘をついての上目遣いでの笑顔。なんだ色仕掛けまで覚えたのか。あの『狂戦士』の美貌を見た後では、どうにも効果が薄いがな。とりあえず、コーヒーをすすって一息つく。見たところ、この女話すまで解放してくれる気はないらしい。現実世界での話をするのがタブーといわれているのは常識だが、コイツにそんなものが通用しないことは俺もよく知っている。
まあ、いいか。
別に、隠すようなことでもないしな。
「かーさんが、な」
「んっ? お母さん?」
「おんなじ表情してたんだよ。アスナと。張り詰めたっつーか、思いつめたっつーか。アタマ限界で倒れる寸前の表情だよ。その経験があるから、どうすれば俺の言うことを聞いてもらえるか、休ませられるかを考えたことがあった。それだけだよ」
意識してぶっきらぼうな口調で答える。まあいろいろと省略した部分はあるが、嘘ではない。普通の奴ならこれでそれ以上踏み込んで聞くような話題ではないことを察してくれるだろうし、情報としても十分満足するだろう。
…が、失念していた。こいつは普通の奴ではなかった。
「……おかーさんは、どうしてるの?」
…まったく。
つくづく、無駄にカンが鋭い奴だ。ここまですごいと思わず苦笑いが漏れてくるな。
「さあ?俺が現実にいた最後の日は、入院して点滴してたよ。仕事は…行ったり休んだり。病院にも、行ったり出たりでね。今は知らね」
「心配してる、だろうね」
「さーな。もしかしたら一足先に、三途の川で俺を待ってるかもな」
不謹慎で、ふざけた返答。『狂戦士』や、今のキリトの前では言えないセリフだな。人より生に執着が少ない(正確には生きていくことに対して感情の起伏が少ない)、と言われたこともある俺だが、言っていい時と悪い時くらいはわかる。
だが、どうやら今回はそれを分かっていなかったらしい。ソラの眉が顰められる。どうやらこいつもそういった不謹慎ネタはNGらしい。怒られるかと思ったが、叩かれることもわめかれることも無かった。
ただただ。
「そっか。辛いこと聞いちゃったね。ごめん」
代わりに、謝られた。
…いや、そこまで悪いことでも辛いことでもないと思うがな。
だがまあ、人の心遣いが分からないというわけでもない。
ここは神妙に頷き、コーヒーをすすり。
「じゃあ代わりに、現実世界での私の話をしてあげよう!」
「ブハッ!?おいっ!」
盛大に噴き出した。
ふざけんな、せんでいいわ、と言おうとしたのだが、むせてしまって…いや、一瞬迷ってしまって言葉に詰まってしまった。正直に言おう。どういう人生を送ればこういった人間が育つのか、若干の興味があった。
その一瞬の逡巡の間に、ソラが語りだす。
「わたしはねー。こう見えて実はなんとっ! 病院暮らしなのです!」
自分の、現実を。
「もう十年くらいかなー。小児科病棟のヌシでねっ! 看護師さん達と一緒に他のちびっ子たちの面倒を見たり、一緒にゲームしたりして遊んでるんだっ。病院の外には出られないし、激しく体を動かすのは厳禁だけど、それくらいはできるからねっ。でもやっぱりおねーさんとしては、ガキんちょ相手のゲームだけでは物足りないのよっ。それでいくつもゲーム買っててねー、人気ゲームは親に無理言って並んで買って貰ってっ。そのうち一つがこれだった、ってわけなのですっ!」
その、過酷な現実を。
「わたしねっ。不謹慎かもしれないけど、この世界にこれてすっごく楽しかった…。ううん、今もすごく楽しいよ。こんな広い世界で、こんな元気に動き回ってさっ。そんでみんなに…レミたんやファーちゃん、…もちろんシドにも…会えて、毎日すっごい楽しいんだ」
本当に、楽しそうに語る。
「毎日が、夢みたいでさ…。ははっ、ホントに不謹慎だねっ。……そうだねっ、わたしが言いたいのはさ。大事なのは、この世界を楽しむことだと思うんだ。茅場晶彦が言ってたじゃん? 『これはゲームであっても、遊びでは無い』って。でも、『遊びじゃなくても、ゲームなんだ』って、わたしは思う。だから、楽しまないといけないと思うんだ。精一杯、目一杯、この世界を楽しむ。それが、それを出来る人こそが、このゲームをクリアして、みんなを助けられるんだ、って」
その目が、すっと細くなる。
いつもの笑顔が、急に大人びたようになって、不意に心臓がドクンと鳴る。
「シド。行ってきなよ。やっぱりこのゲームの醍醐味は、ボス戦だと思う。いっぱい頑張って、いろんなことしてさ。それをいろいろ話して聞かせてよっ。わたしは、ちゃんと待ってるからさ」
そういって、いつもの幼い笑顔に戻って、にぱ、と笑う。
その笑顔が、なんだかくすぐったくて。
「……なんかそれ、俺の死亡フラグっぽいよなー、なんか」
「なっ!? それはちょっとおねーさん傷つきますよっ!? 結構渾身のいい話だったのにっ! っていうかそれはちょっと笑えないよっ!?」
だから俺は、そんなふざけた言葉しか返せなかった。
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