ソードアート・オンライン 夢の軌跡
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二人の道が交わった日
時は少し遡る。
僕が郵便局に向かっている途中に、微かな発砲音が耳に届いて、その瞬間に走り出した。
そしてそのままその速度を殺さずに、背中からガラスに突っ込んだ。
ガラスを破りながら郵便局内に入り、すぐに中の様子を確認して犯人を見つけた。
誰もが驚いて固まっている中で、僕は足が床をとらえた瞬間に縮地を使った。そして犯人の男の前に移動して左足で踏み込み、男の顎を殴り上げた。そこから更に右足で踏み切り、空中で左回転をして男の側頭部を蹴り抜いた。
男はその衝撃のまま吹っ飛び、動かなくなった。僕は一応意識を失ったことを確認してから、朝田さんに声を掛けた。
「大丈夫ですか?」
すると朝田さんは、顔に驚きを浮かべた。
「羽月、君? あっ……うん。私は大丈、夫……。お母さん! 大丈夫!?」
最初は戸惑っていた朝田さんが、途中で何かに思い至って、母親だと思われる人に駆け寄った。
僕は仕方がないかと思ってそれを見送ったあとに、周りを見渡しつつ、大きな声で訊ねた。
「誰か撃たれた人はいませんか!?」
その質問を聞いて、一人の女性局員が血の気の引いた顔で答えた。
「血が、血が止まらないんです」
それを聞いて、僕はすぐさまカウンターを飛び越えて、倒れている人のところに行った。
そして傷の状態などを確認していると、もう一人の女性局員が聞いてきた。
「たた、助かるんですか?」
「絶対に助けます! だから救急車と警察を呼んでください! それと、犯人の男をどうにかして動けないようにしてください! よろしくお願いします!」
「わっ、わかりました」
そう返事をしてから、二人の女性局員が動き始めた。
これで撃たれた男性のことだけに集中できる。胸元からの出血が多くて危険なので、止血をしないと。
まずは血塗れの服を脱がして、ウェストポーチに入れてあったタオルで傷口を圧迫する。
……しかし、血は止まらない。
だからだろうか。もしかしたら助けられないかもしれない、なんて弱気な考えが浮かんでくるのは。
僕は瞼をきつく閉じて頭を振り、その不安を追い出した。
──大丈夫だ。すぐに救急車が来る。
僕にできるのは、そう信じて傷口を押さえ続けることだけだった。
それから十分ほど圧迫し続けると、救急車が到着して撃たれた男性を連れていった。
僕はその時になって、ようやく肩の力を抜くことができた。
その後すぐに警察官も到着して、強盗犯を連行した。同時に僕らも事情聴取をされた。
その途中で警察の人に、撃たれた男の人も危篤状態から回復した、ということを教えてもらった。助けることができて、本当によかった。
それも終わって、僕は迎えに来た父さんと母さんと一緒に帰っている。
「翔夜が事件に巻き込まれたって聞いて、凄く心配したよ」
「正確には自分から巻き込まれにいった、だけどね」
「でも本当に無事でよかったです。だけど、何人かの人を助けたんですってね。よく頑張りましたね」
「心配はしたけど、人を助けたって聞いて、僕は嬉しかったよ」
心配を掛けてしまったことは心苦しいけど、誉めてもらえたことは嬉しかった。
「うん。誰も死ななくて、本当によかったよ」
僕は安堵のため息を溢した。
「そうですね。人を助けるなんて、普通ならできないですし、ましてや全く知らない人ならなおさらですよね」
「でも、これからが大変そうだなあ……」
そんな僕の弱々しい呟きを聞いて、父さんは笑った。
「そうだね。小さな田舎町で起こった拳銃強盗事件、それを解決したのはたった十歳の少年! って感じかな?」
それを聞いて、母さんもくすりと笑った。
「そんな見出しの新聞がありそうですね」
「笑い事じゃないのに……。はあっ、学校に行きたくないなあ」
「いいじゃないか、別に。苛められる訳でもないんだし。まあ逆に、人気者になりそうだけどね」
僕の頭を撫でてくれた父さんに、不満そうな顔を返した。
「僕は注目されるのが嫌だったから、学校では静かに過ごしてたのに……」
「これも勉強だと思えばいいんですよ。まあ、頑張ってくださいね」
「そんな勉強なんてしたくないよ」
ああ、憂鬱だ。
***
事件から一週間が経過し、月曜日になった。
僕は毎日沢山の人に追い掛けられるのに慣れてしまったり、思考がすっかり投げ遣りになってしまったりして、物悲しい気分だ。
しかし僕があまり答えないでいると、だんだんと質問される回数が少なくなっていった。しかも今朝は数人からしか質問されなかったので、来週には事件前と殆ど変わらない生活を送れるのではないかと予想している。
また、朝田さんも現場にいたということで、僕と同様に沢山の質問をされていた。だから少々疲労の色を見せている。
そんなことを考えながら給食を食べ終えると、昼休みになった。
すると朝田さんが声を掛けてきた。
「ちょっといい? 羽月君。話したいことがあるんだけど」
「朝田さん。いいけど、移動する?」
僕は辺りを見回して言った。
「ええ。そうね。付いてきて」
「うん」
それからは無言で、殆ど人が来ないところに移動した。
「ここでいいわ。じゃあ、聞きたいことがあるんだけど」
「いいよ。でもその前に、朝田さんは大丈夫だった? あと朝田さんのお母さんも」
そう訊ねると、朝田さんは少し俯いてしまった。
「えっ、あ……うん。私は大丈夫。お母さんは……」
「ごめん。聞かない方がよかったね」
「ううん。別にいいよ。心配してくれてるんだよね。……そうだ、お礼、まだしてなかったよね? あの時は助けてくれてありがとう」
朝田さんは俯いていた顔を上げて、少し笑ってくれた。
「困っている人がいれば、助けるのは当たり前だと思うんだけど……まあ、どういたしまして」
「普通はそう簡単に人助けなんてできないと思うけど……。まあ、いいわ。それじゃあ今度こそ聞かせてもらうわ」
そう真剣な顔で聞いてきた。
「うん。朝田さんは何が聞きたいの?」
「あの時の、一瞬で私と男の間に入った動きと、郵便局に飛び込んだ理由。それが聞きたいこと」
そう言って、真っ直ぐに力のこもった目で僕を見つめてきた。
僕はその目を見て、はぐらかさないで答えることを決めた。
「わかった。それじゃあ先に、朝田さんと犯人の間に和って入った時のことから説明するよ」
僕はどうやって説明しようか、と考えを巡らせた。
「そうだね……。あの時の動きを説明するためには、僕が道場に通ってることから話した方がいいかな」
「道場?」
「そう。これでも結構強いんだよね」
すると朝田さんは、疑いの眼差しを向けてきた。
「やっぱり、信じられないか……。まあいいや。取り敢えずそこで練習をしてるんだけど、段違いに強い人が何人かいるんだよね。その人たちに勝ちたくて、何度も試行錯誤して生み出した技術なんだよ。縮地って聞いたことないかな?」
「聞いたことはあるけど……信じられないわ」
「ならもう一度見てみる?」
そう提案すると、朝田さんは驚きの表情を浮かべた。
「いいの? そういうのって、普通はあまり見せちゃいけないものだって思ってたんだけど」
「まあ、我流の技だから大丈夫だよ。じゃあ、いくよ」
そうタイミングを告げて縮地を使い、瞬く間に三メートルほど移動した。
そして朝田さんの方に振り向くと、不満そうに頬を膨らましていた。
「全然見えなかった」
「そんな簡単に見切られたら、意味がないからね」
「うーん……それもそうか。羽月君って本当に強いんだね。でも、なんで普段学校の体育とかで本気を出さないの? やっぱり、本気を出すのはダメなの?」
答えにくい質問だったから、僕は確認を取ることにした。
「そういう訳じゃないんだけどね……。その、言っても笑わない?」
「うん。笑わないから言ってみてよ」
「わかった。信じるからね」
そのあと一度深呼吸をしてから、口を開いた。
「僕が本気を出さない理由は……目立ちたくなかったから、なんだよ」
「目立ちたくなかった? 本当に?」
「うん」
僕が頷くと、辺りを沈黙が支配した。
静まり返った時間は、僕の体感ではとても長く続いた。だからなんともいえない気持ちになって、少しだけ目を逸らすと、朝田さんが吹き出して笑った。
「ふふっ、変なの。結局今回の事件で一躍有名人になっちゃってるじゃん」
「笑わないって言ったのに……。それに、そんなことは自分が一番わかってるよ」
僕は力なくそう返すのが精一杯だった。
「そっか。そうだよね」
「はあ。やっぱり話さなければよかった」
「ごめんなさい。私が悪かったわ」
「もういいよ。こうなることは予想してたし……」
口ではそう言いつつも、再びため息を溢してしまう。これじゃあ駄目だと思い、僕は頭を振って気を取り直した。
「よし、じゃあ次だ。郵便局に飛び込んできた理由だったよね。こっちは単純に、銃声が聞こえたからだよ」
「……意味がわからないわ」
訝しげに僕のことを見てきた朝田さんに、笑顔で話した。
「さっきも言ったけど、助けられそうな人を助けるのは、当たり前じゃないかな?」
「そんなことができるのは、一部の人だけだよ。それに……怖くなかったの?」
「銃が? そうだね。怖かったか怖くなかったかでいったら、怖かったよ」
「じゃあ……」
「でも」
更に問い質そうとして出した言葉を遮って、僕は毅然とした口調で続けた。
「自分に助けられる力があるのに見過ごして、誰かが傷つく方がよっぽど怖かったよ。……なんて、ちょっと格好つけすぎたかな?」
そんな心配をした僕に、朝田さんは飛び切りの笑顔を向けてくれた。
「大丈夫だよ。十分格好よかったから」
その笑顔があまりにも綺麗だったから、どぎまぎしてしまう。
凄く気恥ずかしい。
僕は赤面を隠すように俯いて、口を開いた。
「そっか。それならよかった。じゃあそろそろ教室に戻ろうか」
「……? ええ、そうね」
朝田さんは一瞬だけ首を傾げたが、あまり気に留めないで流してくれたようだ。
これが、二人で交わした初めてのまともな会話だった。
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