ソードアート・オンライン 夢の軌跡
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郵便局での事件
ついに夏休みが明けて、郵便局拳銃強盗事件の日がきた。
今は丁度今お昼ご飯を食べ終わって、外出するところだ。
「ごちそうさま。はい、食器はここに置いておくよ」
「ありがとう」
「あと、いつもの場所でハーモニカを吹きに行ってくるからね」
「あそこですか。わかりました。いってらっしゃい」
「いってきます」
僕は元気に家を出た。
因みにいつもの場所とは、少し大きめの公園の中にある、周りを木で囲まれた小さな池のある場所だ。
自然が感じられて、気持ちよくハーモニカを吹くことができるので、たまに訪れている。
さて、それじゃあ誰も死なせずに事件を終わらせるために、頑張ろうか。
◇◇◇
「二人とも、気を付けるんだぞ」
「うん」
「大丈夫だって。お祖父ちゃんは郵便局に行くくらいで大袈裟だよ」
「しかしだなあ……」
私は今、お母さんについて郵便局に行こうとしていたところを、お祖父ちゃんに引き留められている。心配性なのが玉にきずだが、大切なお祖父ちゃんだ。
そんな私たちを見て、気遣いができる優しいお祖母ちゃんが、助け船を出してくれた。
「ほら、あまりしつこくすると嫌われますよ」
「ぐっ、それは……」
「はい。じゃあもういいですね。沙織、詩乃。いってらっしゃい」
「うん。いってきます」
「いってきます」
そう言って玄関を出ると、お祖父さんが声を上げた。
「できるだけ早く帰ってくるんだぞ!」
「わかった」
こうして私とお母さんは家を出て、他愛もないことを話しながら郵便局に向けて歩き出した。
そうやって歩いている途中に、私はなんとなく顔も知らないお父さんのことを考え始めた。私が二歳になる前に交通事故で死んでしまった、お父さんのことを……。
その交通事故のことは、何度も聞いてやっと教えてもらったのだが、年末の帰省のために山の斜面を走っていた時に、トラックと衝突したのだそうだ。
けれどもその事故の直後は、お父さんもまだ生きていたらしい。しかし衝突のショックで車内の携帯端末が壊れた上に、事故の起こった道が深夜になると、車が殆ど通らなくなるような道だったのだ。だから助けを呼ぶのが遅くなり、結果として、お父さんは死んでしまった。
その時にお母さんは、お父さんが静かに死んでいくのをただ見ていることしかできなくて、心に傷を負ってしまったらしく、それが原因でお母さんと私は東京の家からここにに移り住むことになったのだ。
そうしてこちらに移り住んでから、お母さんは病院で治療を受けたけど、それでも心の傷は治らなくて、いつも弱々しい姿だった。
もしかしたら物心がついた頃から、そんな儚げで傷つきやすいお母さんの姿を見続けているから、自分がお母さんを守らなければ、と思うようになったのかもしれない。
そういえば、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが留守の時に来た訪問販売の男を、追い返したこともあったなあ。
なんて、思考に耽っていた私を現実に引き戻したのは、お母さんの声だった。
「……の、詩乃。大丈夫?」
そう言いながら、心配そうに私の顔を覗き込んでいるお母さんを見て、私は申し訳ない気持ちで一杯になった。
「……あ、ごめんなさい。ちょっとぼんやりしてただけだから、大丈夫だよ」
「そう? ならよかった」
お母さんが微笑みを浮かべてくれたので、私も安心した。
そのあとは、またお母さんと会話しながら歩いた。
そうして郵便局に着くと、タイミングがよかったようで他にお客さんがいなかった。だからお母さんはすぐに《振替・貯蓄》の窓口で、書類を出し始めた。私はその間、ベンチに座って持ってきた本を読んでいる。
そうやって本を読み進めると、キィ、とドアが鳴って一人の男が入ってきた。灰色っぽい服を着て、片手にボストンバックを下げている、痩せた男だった。
その男は入り口で足を止めて、辺りを見回した。その時に私と一瞬だけ目が合った。
白目が黄ばんでいて、変な目の色をしているな、と思った。その瞳が色々な方向に動いている。
私がそんな風に考えてると、男は駆け足気味に窓口へと向かっていった。
気になってそのまま見続けていると、その男が窓口で何かの手続きをしているお母さんの右腕をいきなり掴んで引っ張り、そのまま左手で突き飛ばした。
するとお母さんは声も出せずに倒れ込み、目を見開いて凍りついた。
私はそれを見て瞬時に立ち上がり、怒鳴り付けようとしたが、その時に、男がカウンターにボストンバックを置いた。そして中から黒い何かを取り出して、窓口にいる男性職員に突きつけた。
私はその行動を見て、ようやくその男が取り出したものがわかった。
ピストル──おもちゃ──いや本物──強盗──!? と、私の中で単語だけが流れていった。
そんな間にも、事態は進んでいく。
「この鞄に、金を入れろ!」
男の嗄れた叫び声が響く。
「両手を机の上に出せ! 警報ボタンを押すな! お前らも動くな!!」
続けざまに叫びながら、男は左右に拳銃を動かして、奥にいる局員を脅している。
今すぐに外に出て助けを呼ぶべきか? と一瞬だけ考えたが、お母さんを残していくことなんてできなかった。
私がどうしようかと迷っているうちに、男はまた叫んだ。
「早く金を入れろ!! あるだけ全部だ!! 早くしろ!!」
窓口の男性局員が、顔を強張らせながらも、右手でとても太い札束を差し出して──
パァン。
と、音がした。空気が膨らんだような気がして、耳が痺れた。
この耳の痺れはさっきの音のせいだとわかった直後に、きん、と小さな音がして、何かが壁に跳ね返って私の足元に転がってきた。金色の細い筒だ。
また顔を上げると、カウンターの向こうで、男性局員が目を見張って胸元を両手で押さえている。手の下の白いワイシャツに少し赤い染みが見える。
そう思った時には、男性局員が後ろに傾き、そのまま椅子ごと倒れた。
その時になって、男が拳銃を撃ったのだとわかった。
「ボタンを押すなと言ったろうがぁ!!」
甲高く裏返った声で、男がそう叫んだ。銃を握っている右手が震えていて、花火とよく似た匂いがした。
今度は男が拳銃を二人の女性局員に向けて、叫んだ。
「おい、お前! こっちに来て金を詰めろ!!」
しかし、その二人は固まってしまっている。
「早く来い!!」
男が鋭く叫んだが、二人の女性局員は首を細かく振るだけで、全く動けなかった。
男は苛立っているようで、カウンターの下を何度も蹴っている。
そのあとに、もう一人撃とうと思ったのか、拳銃を握った右腕を持ち上げると、性局員たちが悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。
しかしそこで、男は体を反転させて、こっちの方をを向いた。
「早くしねえともう一人撃つぞ!! 撃つぞォォォ!!」
そう叫んで男が拳銃で狙ったのは──床に倒れているお母さんだった。
お母さんは、今起こっている事件のせいで全く動けない。
──私が、お母さんを、守らなくては。
その思いが、私を動かした。本を放り投げて飛び出し、男が拳銃を握る右手首にしがみついて、咄嗟に噛み付いた。
「あぁぁ!?」
男は急な出来事に驚いて、右手ごと私を振り回した。
そのせいで私はカウンターの側面に叩きつけられたが、目の前に、男の黒い拳銃が転がってきた。
私は無我夢中でそれを拾い上げ──
ガシャアァァン!
──ようとしたところで、ガラスの割れる音が響いた。
私も男も、ここにいる全員が一斉に窓の方を向いた。そこから私と同じ年くらいの男子が、背中を丸めて入ってきた。
この人がガラスを破ったのか、私がそう思っている間に、その男子は空中で足を下にして着地した。
その直後。
男子がいつの間にか私と男を遮る位置にいて、男の顎に右手でアッパーをしていた。その状態から跳んで、空中で男の頭に回し蹴りを繰り出した。
男は意識を失ったのか、そのまま倒れた。
私はそれを見ても固まったままだったが、その男子は男の様子を窺ってから、私に声を掛けてきた。
「大丈夫ですか?」
私はそれに答えようとして、男子の顔を見ると……。
同じクラスの、羽月君だということに気づいた。
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