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カンピオーネ!5人”の”神殺し

作者:芳奈
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第一部
  阿修羅との戦い Ⅲ

「残念だったな。時間切れだ。」

 事態は最悪の状況へと変化していた。

「ぐ、ア・・・グ!」

 時間切れ。そう、時間切れだった。沙穂は、多少の被害を受けてでも、早期にラーフを倒すべきであった。

 今彼女は、何の攻撃もされていない状態にも関わらず、悶え苦しんでいた。頭を抑え、激痛に耐えていた。今までの攻防でも一切流さなかった汗を大量に流し、痛みに慣れている筈なのに悲鳴を漏らす。そんな彼女の状況を、歯を食いしばりながら鈴蘭は見つめていた。

「た、助けないとダメなんじゃ!?」

「・・・ううん。まだ。まだだよ。まだ沙穂ちゃんは諦めていない。」

「でも・・・!?」

 アリスの言葉に頷きもせず、ただ彼女の戦いを見つめている鈴蘭。彼女の耳には、ドクター謹製の、神の攻撃にも耐えられる超小型トランシーバーにより、沙穂からの通信が届いていた。

『まだ・・・やれるでありますよ・・・。手出しは、無用であります・・・。』

 彼女の瞳からは、『諦め』や『絶望』などといった感情は微塵も感じられなかった。感じられるのは『闘志』。彼女は、この状況に陥ってもまだ勝ちを諦めていなかった。激痛と戦いながら、それでも勝利しか見つめていない。

(・・・大丈夫だよね、先輩・・・)

 沙穂の決意を見た彼女は、静かに戦闘を視続けて(・・・・)いる翔希に視線を向ける。彼の強く握った掌からは、ボトボトと血が滴り落ちていた。元々熱くなりやすい男である。そうでもしないと、今すぐにでもあの戦闘に乱入しそうになるから、必死に我慢しているのであろう。彼は彼なりに、沙穂の意思を尊重しようとしている。

 だが、未来を視る事が出来る彼が何も言わないということは、まだ彼女は命の危機にまで陥っていないということだ。

「なら・・・私が手を出すわけにはいかないよね。」

 仲間を信じる。

 自分と一緒に世界を救った仲間を信じる。

 それが出来なくて、何が【聖魔王】だというのだ。

「信じてるよ・・・沙穂ちゃん。」

 彼女の呟きは、アリスにも届いた。


☆☆☆


 何故、沙穂がこんなにも劣勢に立たされているのか?

 それは、ラーフの権能のせいである。

(まさか、リップルラップルさんの予想と全く違う権能だったなんて・・・)

 沙穂の投擲作戦は上手くいかなかった。そもそも、アシュラとヴァルナの狙いは、時間稼ぎだったのだ。ラーフの権能さえ発動してしまえば、たった一人のカンピオーネなどどうとでも料理出来ると、そう確信していたからだ。・・・いや、沙穂だけではない。ラーフの権能を発動することの出来た今なら、例え此処にいる全てのカンピオーネと一度に戦っても勝てると信じていた。

 些か卑怯な行いだと思われるかも知れないが、そもそも神々の世界では、騙し討ちや寝込みを襲うなど日常茶飯事である。そして、阿修羅が仏教から悪神だと断定された原因である、『自分は正しい』という思考が、彼らにこのような手段を取らせていた。

 リップルラップルは、ラーフの権能を、『時間制御』・『闇の操作』・『不死殺し』のどれかだろうと予測した。しかし、コレは間違いであった。

「やられたの。難しく考えすぎたの。こんな簡単な予測を外すなんて、屈辱なの。」

 どうやら結構落ち込んでいるようだ。

「ラーフの語源であるラフは、『苦しめる者』という意味なの。奴は、自分の名前の由来と、『太陽と月を食べる』という神話を融合させて、『太陽と月を隠し、闇に包む事で、苦痛を与える』という権能を持っていると推察出来るの。・・・これは、凄く厄介なの。」

 ラーフの出てくる神話では、『首を撥ねられたラーフが、復讐のために太陽と月を食べる』という部分を抜き出して書き記す場合が多い。多くの宗教や神話でも重要な意味を持つ、日蝕と月蝕という現象を齎す一文だから当然なのだが、それのせいで、ラーフ自体の事は意外と知られていないのだ。

「恐らく太陽、または月が闇に覆われている間ずっと、その闇に覆われている敵に苦痛を与える権能なの。沙穂の体に傷が全くない事から、痛覚を直接操作する能力だと思われるの。防御力や精神力なんて関係ないの。常人ならショック死するような痛みを、直接与える事が出来るの。」

「・・・脳は自前だからねぇ・・・。痛覚の遮断が出来るようにはしてないんだよねぇ。痛みは、自分の体の異常を知る最高のアラームだからね。それを感じなくしちゃうと、戦闘で思わぬミスをして死んだりするからさぁ。」

『解決策は・・・・・・あるで、ありますか・・・?』

 沙穂の途切れ途切れの通信に、少し考え込んだリップルラップル。しかし、数秒後には考えを纏めたのか、通信機に向けて喋りだした。

「確証はないけど、その権能が本当に『闇に包まれた者に苦痛を与える』権能なら、『闇に包まれない事』で対処が可能だと思うの。後、ラーフ自体をどうにかすること。・・・ただ、ラーフは《蛇》の神格を持っているから、不死属性も持っているの。一度や二度殺したくらいでは死なないと思うの。」

 『下半身が蛇もしくは竜の魔神で、乳海攪拌の時、神々から不死の水アムリタを盗み飲んで不死となった。』

 この一文が示すとおり、ラーフは《蛇》の神格と不死の属性を持っている。ただし、彼の不死属性は、《地母神》や《太陽》の神格のように完璧ではない。

 神話にあるように、彼は不死になれる水であるアムリタを、ホンの少ししか飲むことが出来なかった。更に、それが体内に循環し、浸透するまでの時間も短かった。それが出来る前に、彼は太陽と月に密告されたヴィシュヌ神の円盤(チャクラム)によって、頭を吹き飛ばされているからである。

 不完全な不死となった彼の肉体は、再生することなく天に昇り、『ケートゥ』という星となったとされている。―――つまりこの神話から、彼の不死属性は失った部位を再生する事が出来ないと推測することが出来るのだ。

「・・・分かった。試してみる価値はあるよね。」

 沙穂に何か頼まれた鈴蘭は、権能を使用して何かを作り始めた。

「じゃぁ、調子乗ってる神様に吠え面かかせてやりますか。」

 そう言って笑う彼女の顔は、先程までとは違ってとても楽しそうだった。
 
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