ヒダン×ノ×アリア
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第7話 疑惑は確信に
「準備はいいか?」
アリアが落ち着いたのを確認したクルトは、そう尋ねる。
「え、ええ。大丈夫よ」
アリアも、多少は顔が赤いものの、問題はなさそうだ。
アリアの混乱は、クルト自身がからかった事が原因であり、今回の事をふまえてクルトは重要な場面ではアリアをからかわない事にしようと決めるのだった。
まあ、すぐに破られる事にはなるだろうが。
「よし、なら行くぞ」
言うと同時に、クルトは駆けだす。
念で身体を強化している為、一瞬にして人間が出せる速度の限界を超える。並の馬よりも遥かに早い。
そして、アリアもその速度に着いてきている。クルトが視線を僅かに後ろに向けてその表情を見ても、特に無理をしているようには見えない。
―――アリアは遥かに強くなった。
その事を我が事のように内心で喜ぶクルト。
現に今のアリアは二人が初めて出会った時期のクルトよりも大分強い。勿論クルトも、あの頃の何十倍も強くなっているが。
凄まじい速度で走る二人は、既に屋敷にかなり近づいていた。
「さてどうやって入るか…」
クルトが呟くと同時にアリアが前に躍り出る。
一瞬でクルトの前に出た事に、少しばかり驚くが、それ以上にアリアの右拳にオーラが集中している事が気になった。
「ちょっ―――」
「はああああ!!」
クルトの制止を完全に無視し、アリアは“硬”で強化した拳を屋敷の壁に叩き込んだ。
ドゴオオォォオン!!!
凄まじい音を立てて壁は吹き飛び、崩れ落ちる。
その威力は凄まじく、クルトでも舌を巻く程だ。それと同時にクルトは確信した。
「アリア、お前強化系だったのか?」
「ええ、そうよ」
クルトの問いに、どこかスッキリとした表情で答えるアリア。
どうやらストレス発散をしたかっただけ、ただそれだけの為に壁を破壊し、吹き飛ばすという所業をしたのだと理解したクルトはただ溜息を吐いた。
「まあいい。とりあえず中に入るぞ」
そう言いながら、新たに出来た入り口から屋敷の中に入る。
屋敷に足を踏み入れた瞬間から、クルト達は強烈な違和感に襲われた。
「ね、ねえクルト…」
「ああ、人の気配が一切しない」
次の瞬間には、アリアが素早く通信機で他の仲間に連絡を取る。しかし、通信機は一向に声を届けてこなかった。聞こえるのはザアァァという音だけだ。
「どうなってるのよ…」
先程から一転して、理解不能な状況下に置かれたアリアは困惑の表情を浮かべる。そしてそれはクルトも同じだった。
通信機から誰の声も聞こえてこないという事は、既に全員が絶命しているか、通信機の何かしらの故障だと判断するのが普通。しかし、アリアの持っている通信機は正常に作動しているし、他の仲間の通信機が一斉に壊れるのも明らかに不自然だ。
「もしかしたら敵の通信妨害じゃないの?」
アリアがふとそんな事を呟く。
「…可能性はあるな」
そう呟き、今度はクルト自身の通信機の電源を入れる。そして、アリアの通信機に繋げ、適当な言葉を言った。
「聞こえるか?」
『聞こえるか?』
クルトが言った言葉が、アリアの通信機からも聞こえてきた。
どうやら通信機は生きているようだ。
「少なくとも建物内部では通信機は生きているらしいな」
「じゃあ部分的に通信機が使えない所に閉じ込められてたり!」
「いや、そんな所にあれだけの実力者達が閉じ込められるわけがない。仮に閉じ込められてもレズリーのジジイがいればぶっ壊せるだろ。…最悪建物ごと」
「そ、それもそうね」
レズリーなら難なく実行しそうなクルトの説明に、アリアは苦笑いを浮かべた。
結局、二人は建物内部を探る事にした。
ただでさえ混乱している中で戦力を分散するのは得策ではないと考え、一緒に行動するクルトとアリア。
並外れた気配察知能力を持つ二人は、至ってスムーズに進んでいく。そして、進むたびに二人の表情は驚愕に彩られる。
「な、なによ…これ…」
「………………」
目の前に広がるのは無数の―――死体。
無残に転がる死体は、既に死体とすら呼べない有様だった。
脳を撒き散らし、内臓をぶちまけ、床の隅には眼球とおぼしきものまで転がっている。正に虐殺の限りを尽くしたと言っていい光景に、そういった光景を見慣れていないアリアは口を押さえ、こみ上げる嘔吐感を必死に押し込める。
かつては暗殺を生業をしていたクルトも、この光景には流石に強烈な不快感を抱かずにはいられない。
「だ、誰よ、こ、こんなことしたの…」
混乱の極みに達しているだろうアリアは、そう呟く。
目の前の死体が全員犯罪者なのだとしたら、犯人は決まっている。にもかかわらずアリアがそう言ったのは、思考が停止している中での無意識下の発言なのか、それとも単に現実を直視したくないだけか。
クルトはその言葉に答えず、死体の中を更に奥に進む。
本当にこの中にいるのが全員犯罪者かどうか確かめる為だった。
(やっぱこの中に武偵はいないか…)
既に分かっていた事をあえて確認したのはクルトも本心では現実を否定したいのか。しかし現実から目を背けてはいられない。
「アリア、こいつ等を殺したのは間違いなくレズリー達だ」
「ッ……!!」
クルトの言葉に、アリアはショックを隠し切れないようで、唇をかみしめ僅かに俯く。そんな姿を見ながら、クルトは話を続ける。
「なんでレズリー達がここにいる犯罪者達を殺したのかは分からない。けど武偵法で殺人を禁止されている以上無視する事は出来ない」
「………………」
アリアは応えない。
尊敬する人が人を殺したという事実が、アリアの心を縛りつけていた。
四年の歳月を、レズリーの元で学び、武偵としての基礎、戦闘技術、念能力、学べる限界を学んだ。故にアリアにとってレズリーは、師というよりも、祖父に近い感情を抱いていた。
だからアリアは否定する。
どれだけ現実が純然たる真実を訴えていようとも。
「そ、そんなはずないじゃない…っ。レズリーさんがっ、レズリーさんが…ッ、人を殺す筈が…ッ!!」
「アリア…」
クルトは押し黙る。
今のクルトには、アリアに向かって現実を見ろ、とは言えなかった。言った所で意味がないと思ったからだ。
だからクルトは言った。
「なら確認しにいくぞ。あのクソジジイ共が何をしようとしているのかをな」
それは正に愚行。
武偵としての経験がゼロに等しいクルトとアリアにとって、情報の一切がない敵地に乗り込むなど自殺行為だ。
当然クルトもそれを理解している。
(だがここで戻って、ロンドン武偵局に「レズリーを含めた武偵十人が犯罪者を皆殺しにした後何処かへ逃走した」なんて言っても信じる奴なんていない。仮にいたとしても本格的な捜査が行われるのは明日以降になるだろうな)
―――そうなればもうレズリー達の真意は闇の中だ。
アリアは五日前、クルトに至っては昨日武偵になったばかりの完全なひよっこだ。そんな者の言葉と、武偵となって四十年以上のキャリアを持ち、ヨーロッパ最強の武偵の信頼、どちらが勝るかなど言うまでもない。
もし異変に気づいて調査したとしても、結論が出るまで最低でも一週間程かかる上に、そうなればレズリー達の真意を知る事は出来なくなる。
だが、そんなことよりも、クルトがこの行動を選んだのには理由があった。
(ここでノコノコと帰ればアリアが、そして俺が、納得出来ない…ッ!)
既にクルトの決意は終わった。
だから後は足を踏み出すだけだ。
「ま、待ちなさいよ…」
しかし、アリアの弱々しい声でクルトの足が止まる。
「…どうした?」
アリアが真実を知る事を恐れているのを知りながらクルトはあえてそう尋ねた。
「…本当に行くの…?あたし達が行っても何かを出来るとは思えないわ」
「そうだな。下手したら無残に殺されるだけかもしれない」
「なら―――」
「でも、俺達がこのまま帰っても、突き進んで殺されても、レズリー捜索に踏み切るまでの時間に大した違いはない。結果的にレズリー達には逃げられるのがオチだろう」
「だから…行くの?」
「ああ。それに武偵としての地位もキャリアもゼロの俺達ならかける迷惑は最低限だしな。むちゃくちゃ出来るのは今だけだ。―――なら行くしかないだろ」
それはクルトらしからぬ暴論だった。
確かに武偵になったばかりのド新人ならば、かける迷惑や、組織にかける損害は最小限で済む。それにここは犯罪者達の巣。民間人への配慮を気にする必要もない。
しかしそれでも迷惑は、問題は確実に発生する。
武偵になり、巨大な組織に入った時点で独断専行は最悪な愚行だ。クルト自身それを理解してないわけではない。けれど、今は自分の思うままに動きたいと、そう思っていた。
そして、その言葉を聞いたアリアの顔から迷いが消えた。
「はあ、分かったわよ」
「それでこそ俺の相棒だな」
「ふ、ふんッ!本当はもっと良い相棒が良かったけど仕方ないわね。あんたで我慢してあげるわよ」
「それは最高に光栄だな」
クルトのその軽い皮肉に、僅かに頬を染めて顔を逸らすアリア。
その姿に苦笑しながら、二人は歩きだす。
「ところでレズリーさん達はどこに言ったのよ?」
「それなら見当はついてる。というか一つしかない」
そう言ってクルトは人差し指で床を指す。
「地下だ」
「地下?」
「ああ。レズリー達に通信機が繋がらなかったのは、向こうが電源を切っているか、それとも電波が届かない場所にいると考えられる。どちらにせよこの屋敷からレズリー達が出てきてはいないはずだ。少なくとも全員が出てくるまで俺やアリアが気付かないなんてことは有り得ない。それだけで考えればレズリー達はまだ屋敷に隠れてるって事になるが、一通り探してみてその可能性は薄い。ついでに空から逃げた可能性も無いってなれば―――」
「必然的に地下って事になるわね」
「ああ。ま、大した事ない消去法だけどな」
と、もっともらしい理由を言ってみたが、実際はこの手の場合犯罪者は地下を使うというテンプレーションを言ってみただけだったりする。
まあ、当たってはいるのだが。
「それでも凄いわよ。あたしじゃ無理だもの」
適当な言葉で、アリアからの信頼を勝ち取ったクルトは、多少の罪悪感に胸中を支配されながら地下に行く為に一階を目指す。
一階に辿り着いた二人は地下の入り口を探すが、当然中々見つからない。
「アリア」
「なに?」
「“硬”で床をぶち抜いてくれ」
「わかったわ―――よッ!!」
言い終わると同時に、“硬”で強化した拳をもって全力で床を殴るアリア。
凄まじい破壊力を秘めたアリアのパンチは、フローリングで出来ている床の粉砕し、更にその下にある鉄板をひしゃげさせる。
轟音が響き渡り、破壊された材木などの細かな粒子が辺りに漂う中、クルトは破壊の結果に満足と、若干の戦慄を感じていた。
目の前の床には、直径五メートルは届きそうな巨大な大穴が空いていた。
「ま、ざっとこんなもんね」
と、ドヤ顔を向けてくるアリアに少しだけイラッとしながらも、とりあえず苦笑いをむけておくクルト。
それと同時に思う。
―――これから先アリアを怒らせてはいけない、と。
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