ソードアート・オンライン 夢の軌跡
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強者との戦い
ついに事件の起こる年になり、僕はより一層鍛練に励んでいる。
今は夏休みだから、あと一ヶ月ほどで事件が起こる筈だ。
今年は初めて朝田さんと同じクラスになった。とはいっても、他の人と同様に殆ど会話したことはないのだが。
それと秘密の特訓についてなのだが、何をやっているのかというと、主に効率的な体の使い方で動くことをやっている。なぜなら、少しでも体格による不利を改善したいからだ。
確かに自分の体は日々成長しているのだが、それでもまだまだ小さい。だから今まで以上に効率的に体を使って、より大きな力を出したいのだ。
こうして効率のよい動き方を身に付けていったことで、以前よりも踏み込みが強くなり、剣速も上がった。
更にその過程で、とある技術も身に付いた。それは一般的に縮地と呼ばれるもので、全身の力を全て足に伝えてその力で地を蹴り、僅かな時間で短距離を移動するというものだ。
今の僕が縮地を有効に使える距離は三メートルほどで、無駄を減らせばもっと伸びるだろう。もちろん、体が成長することでも伸びるのだが、今はそれだと意味がないので、考えから除外している。
また、熟練者になると連続して使えるようになるらしいので、今は有効距離を五メートル以上に伸ばし、連続で三回は使えるようになるのが目標だ。
その他にも、足音を立てないような歩き方や、林の中で速度を落とさずに走る練習などもしている。
そうして努力を続けていると、道場内での試合で勝てる人が多くなり、ついに師範や玲音などの一部の人以外には殆ど負けなくなった。
とはいっても、勝てない人は飛び抜けて強い人ばかりなので、これからも慢心しないで精進していくつもりだ。
そして今から、その勝てない人の一人である師範と試合をするために、五メートルくらいの距離をとって向き合っている。
因みに師範の光徳樫明さんは、《空の軌跡》のカシウスにそっくりで、棒術具の使い手だ。しかも玲音と比べても圧倒的に強いし、そもそも攻撃が当たること自体が少ない。
なので今回の僕の目標は、一発でも樫明さんに攻撃を当てることだ。
勝負は、僕が動いた瞬間から始まることになっている。
「すー、はー」
一度深呼吸をして、相手を倒すことだけに集中する。
「ふっ」
短く息を吐いてから、相手の正面へと素早く踏み込んで、その勢いのまま両手の剣を水平に振り抜く。
しかし予想通り簡単なステップで回避されて、棒を右から左へ振られた。緩やかな動きから繰り出されたとは思えないような鋭い一撃だ。
樫明さんの攻撃は全てが必殺なので、何度も受けるわけにはいかない。だから体を地面すれすれになるまで前に傾けて回避した。
そこから地面を全力で踏み抜き、その力の全てを乗せた右下からの斜めの一閃。
「はあっ!」
その攻撃に対して、相手は真上からの振り下ろしで迎撃した。
「くっ」
一瞬だけ鍔迫り合いになるが、相手の方が上からの攻撃で、更に力も強いのですぐに後ろに下がった。
相変わらずの振りの重さに一瞬顔をしかめたが、そんなことを気にしている時間はない。だから今度は素早く相手の左後方に回り込み、剣を斜めに交差させるように右手と左手を交互に振った。
「まだまだだな」
「なっ……!」
だが、その攻撃は見もせずに棒で止められた。
これにはさすがに驚いたが、すぐに気を取り直して両手の剣を目で追えないような速度で振った。しかし一切無駄のない動きで全てを避け、弾かれる。
──このままじゃあ、絶対に一撃たりとも決められない。
剣を振る手を休ませずにそう考える。すると冷静にならならないといけないことがわかっていても、焦る気持ちがどんどん湧き出す。
僕はそれをなんとか抑えながらも、一瞬で十通り以上のパターンの対処法を考えたが、どれも樫明さんに止められてしまうのが目に見えている。
もっと発想を変えて、誰も考えないようなことをしなくては、と思うのだが、何も閃かない。
そうして悩んでいると、樫明さんは僕の心の迷いを察したのか、強く踏み込んで棒を振り抜いてきた。
「っ!」
それを後ろに跳びながら、両手の剣でなんとか受け流す。
──考えすぎた!
そう思いつつも、更に後ろに跳んで相手との距離を取った。
今の攻撃を受けてしまったからには、もうそう長くは戦えないだろう。そうなると、やはりここは相手の意表を突いて一発逆転を狙うしかない。
そう思って素早く辺りを見渡すと、近くの道場の壁が目に入り、瞬く間に閃いた。
──これだっ! これしかない!
そう心の中で叫んだ時には、既に壁に向かって走り出していた。そして地面を蹴り、壁に足が触れた瞬間に縮地をして、自分に出せる最大速度で壁から相手の真横に動き、両手の剣を振り──
爆弾が爆発したかのような轟音を響かせて、僕が吹っ飛んだ。
そのまま地面を二回バウンドし、道場の端の壁に当たってやっと止まった。
「か、はっ」
強い衝撃のせいで上手く呼吸ができない。
「確かに今の動きはよかった。普通のやつならまず間違いなく倒せる動きと速さだった。……だが、俺には届かない」
そう言われて素直に嬉しかったが、同時に悔しさも感じた。
「もう終わりでいいな?」
その気遣いの溢れる優しい言葉が、僕の負けず嫌いな心を刺激したので、震える足に鞭を打って無理矢理立った。
「まだっ、はあっ……やります」
「ほう、まだ立つか。……いいだろう。だが、これ以上は怪我をしても知らないぞ」
「わかってます」
そう言って少し距離を取った。
体はもうとっくに限界を迎えているから、これが本当のラストチャンスだ。
どう攻めるかはもう決めてある。
僕はタイミングを見計らって、動き出した。
再び助走して壁目掛けて踏み切り、縮地をする。先ほどと違うのは、樫明さんに向けて跳んだ訳ではないということだ。
僕が向かったのは──天井。
そこでさらにもう一度、縮地をする。
そう、まさにぶっつけ本番で縮地の二連続使用をしたのだ。
結果は、成功だった。
力強く天井を蹴り、重力の力までもを利用した、今までの限界を越えた最高の一撃を繰り出す。
その渾身の一振りが、樫明さんに向かって……。
──届けっ!!
その瞬間に、僕の意識は途切れた。
***
「う……」
気がつくと、僕は布団に寝かされていた。
「ここは……?」
そんな声が聞こえたからか、樫明さんが僕を覗き込んできた。
「やっと起きたか」
「樫明さん……? そうだ、試合……」
「いやー、あの時は本当に驚いた。お前が剣を振り切ったあとに、そのまま地面に倒れたもんだからな」
そう言いつつ、樫明さんは笑った。
「すみませんでした。それと、ありがとうございます」
「まあ、平気そうで安心だ。それで、あの時のことはちゃんと思い出せるか?」
「はい。なんとなく憶えてます。壁と天井で連続して縮地を使って、全速力で剣を振り下ろした。……そうですよね?」
「ああ」
「そして意識を失う寸前に、右手に微かな手応えを感じたんですが、これは樫明さんに当てられたってことですよね?」
僕は内心の緊張を抑えて、真剣に訊ねた。
「いや、なんだ。最後のは本気で避けようとしたんだが、僅かな時間だけ反応が遅れちゃってなー。左肩に掠めたよ」
樫明さんはそう言って、僕の頭を優しく叩いた。
掠めたってことは、当たったということで……つまり。
「よしっ!」
なんとか目標を達成できたことがわかり、思わずガッツポーズをしてしまった。
「まさか当てられるとはなあ。子供は成長が早くて、追い付かれないようにするのが大変だ」
「……後ろからの攻撃を、見もせずに防いだ人の台詞とは思えないですね」
僕は非難するような目線と共にそう言った。これにどんな反応をするかと思っていると、返ってきたのは笑い声だった。
「はっはっは。当たり前だろ。そもそも年季が違う上に、積み重ねてきたものの差もあるんだ。どんなに成長が早くても、簡単に乗り越えられる訳がないさ」
少しくらいは焦るかと思ったが、軽くあしらわれてしまった。悔しいが、まだまだ先は遠いということだ。
そんなことを考えていると、樫明さんが声を掛けてきた。
「よし、もう歩けるか?」
「大丈夫です。体は丈夫な方ですから」
「そうか。じゃあまた今度な」
「はい。ありがとうございました」
こうして僕は道場をあとにした。辺りは夕焼けに染まっていて、遅くなっちゃったし、父さんと母さんが心配してるよなあ、と申し訳ない気持ちになった。
そして道場を出て数分後に、ランニング中の恭介さんと会った。
「恭介さん」
「ん? よう、翔夜。体の方はもう大丈夫か?」
「はい。大丈夫です」
恭介さんは安心したようにため息を吐いた。本当に多くの人を心配させてしまったことがよくわかり、心苦しい気持ちになる。
「そうか。それにしても、今日の樫明さんとの試合は凄かったな。でも、一年くらい前なら俺と翔夜の力は拮抗してたんだよなあ……。成長が早くて羨ましいよ」
「毎日沢山の練習をしましたからね。それに、恭介さんたちが何度も練習試合や試合をしてくれたじゃないですか。そのおかげでもあるんですよ」
「お前はそうやって、俺らを喜ばすようなことを言うなあ。……と、そろそろ帰らないと不味いんじゃないか?」
「あ、はい。そうですね。ではまた今度」
「ああ、またな」
そう言ってから、恭介さんはランニングに戻った。
僕は早く帰らないといけないから、恭介さんと同じように走り出した。
それからすぐに家に着き、元気に挨拶をした。
「ただいま!」
「お帰り」
「お帰りなさい。晩ご飯を食べるから、すぐに手洗いうがいをしてきてください」
「わかってるよ、母さん。待っててね」
僕はそう言いつつも素早く洗面台に向かい、手洗いうがいをしてからリビングに戻った。食事は既に並んでいて、美味しそうな香りが漂っている。
僕が椅子に座ると、父さんが号令を掛けた。
「いただきます」
「「いただきます」」
僕はお腹がぺこぺこだったから、すぐにご飯に手を伸ばした。……うん。美味しい。
「運動したあとのご飯は、いつもより美味しいね」
「うん、そうだね。それはそうとして、樫明さんから電話があったけど、どんな無茶なことをしたの? 翔夜」
「うっ」
いきなり直球で聞いてくるとは思っていなかったから、言葉につまった。すると父さんは鋭く追撃してきた。
「正直に話してね」
「……わかった」
こうして僕は今日の試合のことについて口を開いた。そして話が終わると、父さんはため息を吐いた。
「まあ、理由はわかったよ。だけど、もう無茶なことはしないでね。心配したんだから」
「うん」
「でも、大きな怪我をしなくてよかったです」
「本当だよ」
僕はそんな二人の言葉を聞いて、これからはできるだけ心配を掛けないようにしよう、と心に決めた。
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