ソードアート・オンライン 夢の軌跡
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思い出の記録
翌朝。
思ったよりも早くに目が醒めたようで、まだ誰も起きていなかった。だから皆を起こさないように静かに部屋から出て、宿の外へ行き、気になっていたすぐ近くの森の中を訪れた。
するとそこに現れたのは、一面が雪で覆われた、一種の絵画であるかのような光景だった。
その上聞こえてくる音も、風の吹く音や川の流れる音などの、森林特有のものだけなのだ。だからより幻想的な雰囲気が漂っている。
「凄い……。綺麗な、景色だ。こんな景色を、銀世界っていうのかなあ……」
ここまできれいな風景を見たのは生まれてこの方……いや、前世も含めて初めてだったから、殆ど口を開けなかった。
「それに、とても静かだ」
その時、どうしようもなくハーモニカが吹きたくなった。
「吹いても……いいよね」
誰に問い掛けるわけでもなく、一人でそう呟くと、浴衣からこの前の誕生日に買ってもらったハーモニカを取り出した。
それから深呼吸をして心を落ち着かせ、ゆっくりと吹き始めた。
曲はもちろん『星の在り処』で、普段以上に感情を込めて吹いた。
すると場所がよかったからか、音が綺麗に響いて、気持ちよく演奏することができた。
そして静かに、ゆっくりと曲を吹き終わると、急に誰かの拍手の音がした。
「誰っ!?」
僕はその音にとっさに身構えて聞くと、笑い声のあとに答えが返ってきた。
「俺だよ。翔夜」
「なんだ、玲音か。脅かさないでよ」
声のした方に振り返ると、口元をにやつかせた玲音が立っていた。
そして悪びれる様子もなく謝ってきた。
「いや、悪いな。とても絵になっていたからつい、な?」
「絵になってたって……」
僕は玲音の発言の意図が掴めなかった。
「そうそう。偶然カメラを持っていたから写真に納めておいたぞ。よく撮れたから、あとで皆に見てもらおうな」
それは聞き捨てならない一言だった。
「え……冗談だよね?」
「本気だぞ」
「は……いや、ちょっと、消してよ」
「それはできない相談だな」
こうなると、玲音は諦めてくれないのだ。
それを理解した僕は落胆し、長いため息を吐いて投げ遣りな態度で言った。
「もう、わかったよ」
「それでいい。じゃあそろそろ帰るぞ。皆が起きて俺たちのことを心配してるかもしれないしな」
「そうだね」
それから素早く部屋に戻って、静かに引戸を開くと、
「翔夜。玲音君も一緒だったんだ。どこに行ってたんだい?」
既に起きていた父さんがいきなり声を掛けてきた。僕は少し驚いたが、言葉を濁して答えた。
「ちょっとね」
「まあ、この写真を見てもらえばわかるだろう」
……え? まさかいきなり!?
そんな風に僕が驚いている間も話が進んでいく。
「どんな写真なの? 早く見せなさいよ」
「そうですね。私も気になります」
「早く見せてくれないか、玲音」
皆の食い付きが予想以上だなあ、なんて現実逃避をしている僕をよそに、玲音は皆に写真を見せた。
「この写真だ」
「あらー。凄いわね」
「うーん、これは……いいね」
「翔夜、綺麗に撮れてますね」
「凄く絵になっているな」
穴があったら入りたいとは、こういうことをいうのだろう。雪景色の中で目を瞑ってハーモニカを吹いている写真なんかを見て、何が面白いんだ……。
「もう止めてください」
「凄くいいじゃないか。こんな写真は中々撮れないよ?」
その称賛が辛い。
「そうよですね。あ、あとでちゃんとアルバムに入れましょう」
「あら、いいわね。やっぱりこういうのは残しておかないと」
「母さん、伯母さん……」
こんな写真をアルバムに入れることだけは阻止したいところだ。……けど、たぶん無理なんだろうなあ。
「そういえば、アルバムに写真を入れるのなんてひさしぶりだね」
「家の玲音は写真の一枚すら撮らせてくれないから、羨ましいな」
「父さん。写真をアルバムに入れることは決定なの?」
「え、当たり前じゃないか」
一応聞いてみたけど、想像通りの答えが返ってきた。ああ、もう泣きたいよ。
そこで玲音が牽制するように声を上げた。
「親父。俺は写真なんて要らないからな」
なんとも不用意な発言である。
予想通り伯母さんが反応して、嬉々として玲音を捕まえた。
「え、写真を撮ってほしいって? しょうがないわねー。じゃあ玲音のことも撮りに行くから、翔夜君、案内してね」
「わかりました」
「翔夜!?」
玲音は驚いているが、関係ない。これは僕の写真を公開した罰なのだから。
「玲音が悪いんだよ。でも大丈夫。撮られるのは一瞬だから」
「どこが大丈夫なんだ! 撮られた写真はずっと残るだろ!」
「何を言ってるの? 写真は残すために撮るんだよ」
そこでタイミングを見計らっていた伯父さんが声を掛けてきた。
「じゃあ行くか」
「そうね」
「ちょっと待て……っ、放せ!」
玲音はどうにかして逃れようともがいているけど、がっちりと羽交い締めにされてるから、全然動けないようだ。諦めが悪いなあ。
「はい。こっちですよ」
そうして歩き出そうとしたところで、どうせ一枚撮られたんだから、もう何枚か増えたところで変わらないか、と思って一つの提案をしてみた。
「あ、どうせなら父さんと母さんも一緒に来て撮らない?」
「あら、それはいいですね。それじゃあひさしぶりに、家族の集合写真を撮りましょうか」
「そうだね。僕たちも行こう」
こうして僕たちは、全員揃って部屋を出た。
そして僕の案内で目的の場所を訪れた。
「着きました。ここです」
「はーっ、本当に凄いわねえ」
「太陽の光がきらきらと反射していて、とても美しい雪化粧ですね。私、感動しました」
「ああ。やはり写真で見るより、実際に見る方が綺麗に感じるものなんだな」
「そうですね。これなら、いい写真が撮れそうだなあ」
皆一様にこの景観を誉める言葉を発している。満足してもらえたようで一安心だ。
「どうして俺がこんなことを……」
「ほら、もう撮るから文句言ってないでそこに立ちなさい」
「……わかった」
玲音もさすがに諦めたようで、文句を言いつつも指定された通りの場所に立った。
そうして最初に玲音一人の写真を撮り、次いで春野家の写真、羽月家の写真、全員の集合写真と連続で撮っていった。どの写真もよく撮れていて、伯父さんや伯母さんはもちろん、父さんや母さんも凄く喜んでくれたので、僕も嬉しかった。
写真を撮ったあと、今度は伯母さんが僕にハーモニカで一曲演奏してくれと頼んできた。
僕はそれを承諾して、再び『空の在り処』を吹いた。
すると皆からの絶賛を得た。やはり場所がいいからだろう。
こうして僕たちは玲音を除いた全員が十分に満足して、部屋に戻った。
その後は部屋の温泉に皆で浸かり、全身の力を抜いて寛いだ。そして温泉から上がるとすぐに朝食の時間になり、美味しいご飯に舌鼓を打ち、大きな満足感を味わって帰路についた。
「散々な目に遭った」
「いや。ひさしぶりに玲音の写真を撮れてよかった」
「俺は全然よくない」
結構な時間が経ったのに、玲音はまた不満そうな顔を浮かべている。
そこでふと、気になっていたことを思い出したので、聞いてみることにした。
「そういえば、父さんたちは昨日のお風呂でどんな話をしてたの?」
「ああ、それは俺も気になるな」
玲音も同様に気になっていたから、むっとした表情を正して聞いた。
「昨日のお風呂での話? それは大人だけの秘密だよ」
「ふふっ。そうですね」
そう言われると、余計に気になるのが人情というものだ。
「教えてくださいよ」
「絶対にダメよ」
「まあ、いつかわかる日が来るさ」
「なんだよ、その答え」
「全然わからないよ」
僕たちは揃って不満そうな顔を浮かべた。
「大丈夫ですよ。必ずわかる日が来ますから」
「えー」
このあと五分くらい粘ったが、結局答えてくれなかった。だけど、これも一つの思い出だ。
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