アドリアーナ=ルクヴルール
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第二幕その六
第二幕その六
「何の御用でしょうか?」
「貴女をお助けに参りました」
アドリアーナは声を押さえて言った。少し早口になっている。
「私をですか?しかしどうやって・・・・・・」
疑っている。当然であろう。陰謀渦巻く宮廷の住人なのだから。
「扉をお開け下さい。ほんの少しだけでもよろしいです」
「・・・・・・はい」
彼女の言う通りほんの少しだけ扉を開けた。アドリアーナはそれを確認すると胸元から小さな鍵を取り出した。そしてそれを持った手を扉の中に入れた。
「この鍵が貴女をこの別荘から出してくれます。これは先程マウリツィオから貰ったものです」
「マウリツィオから」
「はい。この鍵を使ってそちらから出れば貴女は自由です」
「自由・・・・・・」
「そうです。辱めを受けないですむのです」
「有り難うございます。喜んで受け取らせてもらいます」
彼女はそう言うとアドリアーナの手にあるその鍵を受け取った。
「よろしいですね、私の申し上げたことはおわかりになりましたね?」
「はい」
彼女は鍵を手にした。それはアドリアーナにもわかった。
「誰にも見つからないようにしたいのですが残念なことに私はこの家の様子をよく知らないのです。ですから自分の言葉にも自信が持てないものでして」
「それはご心配なく。私はこの家のことはよく知っています」
公爵夫人は悦ばしげにそう言った。
「この鍵はここにある秘密の扉に・・・・・・」
彼女はそう言って自分のすぐ側にある壁を探った。
「この秘密の扉がありますので」
どうやらこの別荘は思ったより複雑な構造になっているらしい。それだけ多くの心配があるということか。
「これで逃れられますわ。これも全て貴女のおかげです。有り難うございます」
そう言ってアドリアーナの手を握った。
「いえ、お気になさらず」
アドリアーナは慎ましやかに答えた。
「ところで貴女はどなたでしょうか?後程お礼に伺いたいのですが」
「それはお構いなく」
アドリアーナは素っ気無く答えた。
「いえ、それは。折角助けて頂いたし」
「私は別によろしいので」
彼女は頑なに拒絶した。それはマウリツィオとの約束だったからだ。
「けれど少しだけそのお顔を」
戸口からそっと覗き見ようとする。
「軽はずみな行動は謹んで下さい」
彼女は顔をそむけた。
「しかし・・・・・・。けれどそのお声は何処かで聞いたような」
「・・・・・・・・・」
アドリアーナはそれに答えなかった。
「侯爵夫人ですか?ブールジュ侯爵夫人」
「違います」
彼女は答えた。
「それにしても何故そんなにご自身を隠されるのです?」
「早くお逃げ下さい。さもないと取り返しのつかないことになりますよ」
アドリアーナはそれに答えず彼女に早く逃げるよう促した。
「はい、けれどこれはどなたのお考えですか?私に対してこんなに行き届いた配慮をしてくれるなんて」
「それは無条件に私を信頼してくれるお方です」
「それはもしかして・・・・・・」
先程アドリアーナはマウリツィオの名を出した。それが仇になった。公爵夫人も女である。すぐにそれを察した。
「その言葉は取り消して下さい。不愉快ですわ」
キッとした口調でそう言った。
「どういう意味ですかそれは、まるで私が無礼なことを申し上げたかのようなお言葉ですが」
アドリアーナもそれに気付いた。強い口調で言葉を返す。
「マウリツィオの名前を出したのはそういうことでしたのね!?」
「それがどうかしまして!?まるで彼をご自身の兄弟のように言われる貴女のお言葉の方が不愉快ですわ」
アドリアーナはそう言って公爵夫人の手を掴んだ。
「この手が震えている。これはどういうことですか!?」
「それは・・・・・・」
彼女は言おうとする。だがアドリアーナはそれより早く言った。
「あの方を愛しているのですね!」
強い声だった。問い詰める声であった。
「それは・・・・・・」
だが公爵夫人はここで開き直った。アドリアーナに負けない強い声で言い返した。彼女の手を振り解いた。
「そうです、私の心はあの人を想う不安と激情で包まれています。彼は私だけのもの!彼の心は私の心とだけ重なり合うものです。彼と私の結び目は誰にも解けないのです」
「それよりも固く熱いもので結ばれたのが私です!」
アドリアーナは戸口の方を見て言った。
「彼は私の傷付いた心を癒してくれます。夜に私を照らしてくれる月のようなもの」
「彼は私の心の支配者です。天国まで私を導いてくれる太陽なのです」
二人は言い合った。まず感情を爆発させたのは公爵夫人だった。
「思い知らせてあげるわ!」
「貴女に出来るのですか!?」
アドリアーナは挑発するように言った。
「出来ますわ、私には!」
「その震える手でですか!?」
アドリアーナも感情を剥き出しにする。公爵夫人の心はさらに燃え上がった。
「ゆ、許せない!貴女を最後の審判のその時まで憎みます!」
「私は貴女を助けてあげているのですよ!」
「その口でよくもそんな事が!」
その時だった。大勢の人間が別荘に入って来る音がした。
「来たわ!」
アドリアーナが叫んだ。公爵が従僕や俳優達を連れて来たのだ。
「主人が!」
公爵夫人は思わず叫んでしまった。
「!」
アドリアーナはここで扉の向こうにいる恋敵の正体を知った。だが口には出さなかった。
「早くお行きなさい!」
彼女はそう言って公爵夫人を急がせた公爵夫人は秘密の扉に入った。
「有り難う、けれど覚えていなさい!」
彼女はそう言って別荘を後にした。彼女は気配が遠くへ消えていくのを感じていた。
「ブィヨン公爵夫人・・・・・・。私も覚えておくわ」
彼女はそう言って扉にもたれかかった。ドッと疲れが出て来た。
そこへ公爵と彼の従僕達、僧院長と俳優達が入って来た。公爵と僧院長は獲物がいないことにがっくりした様子であり俳優や従僕達は結局何でここに連れて来られたかよくわからなかった。かくして騒動は何も起こらず別荘の小さな宴はそのままアドリアーナ達への公爵のもてなしとなった。
アドリアーナはその中ぐったりとして椅子に座っていた。そして宴が終わるとすぐに自宅へと帰って行った。
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