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アドリアーナ=ルクヴルール

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第二幕その五


第二幕その五

「約束してくれるね?」
「・・・・・・いいわ。約束します」
 彼女は答えた。彼はそれを見て頷いた。
「頼むよ」
 彼はそう言ってアドリアーナの手に接吻した。そして何かを彼女に手渡した。
「有り難う」
 そして彼はその場を立った。
「あの人は誓ってくれた。・・・・・・嘘ではないわ」
 彼女は口の中で、半ば心の中で呟いた。強い口調だった。
「だとしたら私も約束を果たさなくては。あの人の為に」
 そしてその扉を見た。扉は何も語らない。だがそこに何かがあるのだ。それだけはわかった。そして何かを胸元に
しまい込んだ。
「ここにデュクロがいる筈ないんだけどなあ」
 ミショネがサロンに入って来た。そして首を傾げながら呟く。
「私もそう思いますわ」
 アドリアーナも相槌を打った。
「ですよね。大体彼女が自宅に帰るのはちゃんと確認しましたし」
「だそうですわよ」
 アドリアーナは部屋に戻って来た僧院長に対して言った。何処か悪戯っぽいが目の奥は笑っていなかった。しかしそれを彼には気付かせなかった。
「本当にそう思われますか?」
 僧院長はまだそれを認めていない。確信した顔で二人に言った。
「はい」
 ミショネは答えた。
「いい加減おわかりになられたらいかがでしょう」
 アドリアーナも言った。僧院長はそんな二人に対して言った。
「まあそれももうすぐおわかりになりますよ。もうすぐでね」
「またですか?よくもまあお飽きになりませんね」
「では扉を一つ一つ調べてみますか」
 彼は少しムッときたようである。テーブルの上の燭台を手に取り扉の一つを調べようとした。
「あら、それは少し大人気ないですわよ」
 アドリアーナは微笑んで言った。あえて彼の心に訴えるように強く言った。
「それもそうですね」
 僧院長は思い止まった。やはり自分でも大人気ないと思ったのだろう。
「すぐにおわかりになることですし。ちょっと公爵のところへ行って来ますね」
「どうぞ」
 僧院長は再びサロンを後にした。彼が立ち去ったのを見るとミショネはアドリアーナに尋ねた。
「それにしても僧院長も公爵もやけにデュクロにこだわりますね」
「確か公爵は彼女のパトロンでしたね」
 当時は王侯貴族が俳優や芸術家の後見役となったのである。そうすることが彼等のステータスの一つでありまた半ば義務でもあった。ルイ十四世は貴族は何人でもすぐに作ることが出来るが芸術家はそうはいかないと言っている。
「はい。ですが最近少し疎遠だとか。しかし上の方々の考えられることは今一つわかりませんな」
「そうですね。私もあの人達とのお付き合いは長いつもりですけど」
 当時の欧州の階級社会は歴然としたものであった。これは今だに残照が色濃く残り教育にもそれが表われている。顕著に見られる例では貴族と平民では栄養の関係から平均身長まで大きく異なっていた。
「ああした話は極力無視するようにしていますがね。関わりあいになるとろくなことがありません」
 宮廷では陰謀が渦巻いていた。ルイ十四世の時代にはそれがもとで『火刑法廷』という血生臭い魔女狩りめいた騒動も起こっている。この時もルイ十五世の好色がもとでそうした話は絶えなかった。
「アドリアーナも注意したほうがいいですよ。出来るだけ首を突っ込まない。さもないと命がいくらあっても足りませんから」
「はい、よく心得ておきますわ」
「そうです、そうしたほうが身の為です。では私はこれで」
 ミショネはサロンを後にした。途中アドリアーナの方を何回も振り向く。
 しかし彼女は彼の気持ちには気付いてはいない。彼はそれを哀しく思ったが口には出さずその場を後にした。
 そしてサロンには誰もいなくなった。アドリアーナ以外は。彼女はそれを確かめると蝋燭の火を全て消した。
 中は月の光だけが差し込めている。青白い光がぼうっとサロンの中を照らしている。
 アドリアーナは立っている。そしてマウリツィオに言われた扉に近付いた。
「もし」
 彼女は扉を叩いて呼んだ。
「お返事を。お開け下さい。マダム」
 中にいるであろう女性に声をかける。マダムと言ったのはあくまで自分の直感からだ。
「御安心下さい、私は貴女の味方です、マウリツィオの名にかけてそれは誓います」
「マウリツィオの」
 中にいる公爵夫人はその名に反応した。そしてそっとアドリアーナに尋ねた。
 
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