アドリアーナ=ルクヴルール
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第三幕その一
第三幕その一
第三幕 公爵邸
伊達男として知られる公爵の本宅はやはり豪奢なことで知られている。バロック調の邸宅は劇や催しが開けるような大きな広間まで持っている。
その広間もまたバロック様式である。何処かベルサイユ宮殿の様な大きく、それでいて派手で金や銀で彩られた広間は扉やカーテンまでもが派手に装飾されている。大きな肖像画や鏡等が壁に飾られており腰掛や椅子までもが装飾でみらびやかなものとなっている。ガラス窓から日が差し込めている。もう赤くなりだしている。夕刻が近付いているようだ。
その中を従僕達が動き回っている。椅子の配置を直したり花瓶や植木を持って歩き回っている者もいる。その中を左右に跳び回りあれこれと指図をしている者がいる。見れば僧院長である。
「花瓶はそこじゃない、あっちだよ、あっち」
従僕の一人に指示を出す。
「それはもう少し左だな。カーテンは・・・・・・よし、これで問題なし」
広間のあちこちを見ながら言う。細かいところまで見ている。
「公爵は私に演出を任せてくれたからな。ここは腕の見せ所だ」
彼はニコリと笑って言った。かなり楽しそうである。
そこに誰かが入って来た。見れば公爵夫人である。
「あ、これは奥様」
僧院長や従僕達が礼をする。だが彼女はそれに対し鷹揚に挨拶を返すだけである。
「あれっ、今日は何処かおかしいな」
「ああ、いつもは笑顔で挨拶を返して下さるのに」
従僕達が首を傾げて囁き合う。彼女は従僕達に対しては結構いい主であるようだ。
「ほらほら、手を休めない」
僧院長は彼等の背中を押して仕事に向かわせる。公爵夫人はそんな彼等に目もくれず開いている椅子に座った。
「・・・・・・・・・」
彼女は俯いたまま何か考えている。豪華な銀と白のドレスで身を包んでいるがその豪奢さも化粧とアクセサリーで飾られた美貌もその沈んだ様子で幾分くすんで見える。
「あの女、一体何者なの・・・・・・」
あの別荘の逃走劇から半月が過ぎようとしている。だが彼女の頭にあるのはあの時の女のことだけであった。
「私の憎い恋敵・・・・・・。どうしたら正体がわかるのでしょう」
激しい憎しみの炎に身を包む。彼女の心はその燃え盛る暗い炎に焦がされている。
「私のマウリツィオを・・・・・・。私の手から何故奪おうとするの」
その紅の美しい唇を噛む。血が滲みそうになる。
「彼は私だけのもの。あの人だけは渡す事は出来ない」
その後ろでは僧院長が従僕達に指示を出している。
「そう、燭台はそこがいいな。そしてその壺はここに置こう」
的確に指示を出す。彼のセンスは中々いいようだ。
だがそれは公爵夫人の耳には入らない。ただあの別荘でのことばかり考えている。
「あの女の言葉・・・・・・。思い返すだけでも忌々しい」
しかし思い出さずにはいられない。そして一層激しい憎悪の炎を燃やすのだった。
「私のあの人への口付けは全て盗まれていた。あの人は今ではあの女の虜・・・・・・。私を抱いたあの手が今はあの女を抱いている」
憎悪はさらに強いものになっていく。最早それは誰にも止められなかった。
「あの声、それが全てを雄弁に言っているわ。そしてそれが私の心をさらに憎しみで燃え上がらせる」
それは彼女自身にもよくわかっていた。だがそれを止められないのだ。最早その女を見つけ出し自分の手で決着をつけないと気が済まなかった。
「奥様、どうなされたのですか。そんなに考え込まれて」
僧院長が声をかけてきた。どうやら一段落して彼女の様子に気が着いたらしい。
「いえ、何も」
彼女はそれをあえて否定した。憎しみを他の者に見せることは彼女のプアライドが許さなかった。
「それにしてもいつもお美しい」
賛辞の言葉を述べる。歯が浮くようだが当時では女性にこうした言葉を贈るのは作法のようなものであった。
「黄金色の暁よりも美しい・・・・・・」
「あら、でしたらその暁が沈んだ後はどうなのです?」
彼女は苦っぽく笑って彼に言った。幾分気が紛れたといってもやはり見知らぬあの女に対する憎悪の念が残っている。言葉の一つ一つにやはり棘がある。
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