久遠の神話
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第三十八話 神父その一
久遠の神話
第三十八話 神父
日曜にだ。上城は樹里を連れてその教会に向かった。彼が幼い頃に優しい先生だったその神父のいる教会にだ。二人で道を歩きながら進んでいた。
その中でだ。上城はこんなことを言った。
「その神父さんってとにかく優しいんだ」
「上城君に?」
「僕だけじゃなくてね」
「誰にもだったの」
「うん、そうだったんだ」
博愛主義者だったというのだ。その神父は。
「公平でね。男の子にも女の子にも」
「何か素晴しい人だったのね」
「誰にも優しくて温かくてね」
「だから上城君もその人が好きなのね」
「今でも好きだよ。ずっと幼稚園の先生でもよかったけれど」
こう言ってだ。上城は寂しい顔も見せた。
「そこは先生の決めることだからね」
「先生は神父さんになりたかったの」
「大学の時から神父さんの資格を持ってたしね」
大学で取ったというのだ。神父の資格をだ。
「そのことは僕にもよくお話してくれたよ」
「じゃあ先生はご自身の夢を適えたのね」
「そうなるね。神父になりたくてそれで神父になったんだから」
「そうよね。それじゃあ」
「先生にとって凄く幸せなことだよね」
「そうよね」
「うん。ただ神父さんはね」
上城は今度はその神父自体について話した。
「結婚できないんだよね」
「あっ、お坊さんと同じなのね」
「今はお坊さん、仏教の人は結婚できるから」
「そうだったの」
「昔は浄土真宗だけができたけれどね」
浄土真宗は開祖である親鸞上人がそもそも妻帯であったからそれもいいのだ。ただしこれは江戸時代まではあくまで浄土真宗だけのことだった。
だが明治時代からそれが変わり今に至るのだ。
「今はどの宗派でも結婚できるよ」
「そうだったの」
「そうなんだ。けれどカトリックの神父さんはね」
「結婚できないのね」
「今もそうだよ」
ここが日本の仏教の僧侶達は違っていた。
「だから一生独身でないといけないんだ」
「子供とかできないのね」
「表向きはね」
「表向きって」
「実際は。まあね」
上城はこの辺りは少しばかり苦笑いになって述べた。
「あれなんだけれどね」
「奥さんや子供がいたりするのね」
「そういう人もいるらしいね」
「何かその辺り結構いい加減なのかしら」
「あえて言わないってことでね」
その笑みのままだ。上城は言う。
「そういうことでね」
「ううん。何かそれって」
「結構あることだし。昔から」
「日本でもそうだったのね」
「あの幡随院長兵衛もね」
我が国で最も有名な侠客の一人だ。本職は職の斡旋の元締めだった。
「実際はお寺に匿われてお坊さんに諭されたんじゃなくて」
「あれっ、それでああいう人になったんじゃないの」
「別の説があるんだ」
その侠客になった経緯についての話である。
「実はお寺に最初からいたって話もあるんだ」
「つまりそれって」
「そう。お寺のお坊さんの息子だったんだ」
こうした説もだ。実際にあるのだ。
「そうした話もあるんだ」
「ふうん。そうだったの」
「うん。ほら、清水の次郎長のところにも」
今度は幕末の大親分だ。
「お坊さんだった人がいるよね」
「そういえばそうよね」
「お寺とか神社とかはそうした世界と関係があったらしいんだ」
「それでその中にはなのね」
「お坊さんの息子もいたみたいだよ」
「昔からだったのね」
それを聞いてだ。樹里は首を捻ってこう述べた。
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