久遠の神話
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第三十七話 人との闘いその十二
「皆、そうだよな」
「はい、そのことはです」
「間違いないんだな」
「その通りです」
「だといいんだよ。目覚めてくれるんならな」
「そうなのですね」
「ああ、その為にはな」
切実な声のままでだ。中田は声に述べていく。
「俺のことはいいんだよ」
「貴方のことは」
「生き残ればいいからな」
「はい、生き残ってですね」
「絶対に適えてやるからな」
こう言ったのだった。他の誰にも出さない切実な声で。
「俺だってな」
「そうされますね」
「ああ。しかしあんたも」
「私もまたです」
「願いがあってそれはなんだな」
「貴方と同じ様なものです」
「剣士じゃねえよな」
中田はふとだった。声の主の正体を考えた。
そしてそれが何かとだ。彼は声に問うたのである。
「それじゃねえよな」
「どう思われますか。そのことは」
「どうだろうな。剣士は確か」
「今は全員男性の方です」
「けれどあんたの声は女だ」
「はい」
声もその通りだと述べる。
「御聞きの通りです」
「だよな。もっともな」
中田はあえて意地の悪い、ひねくれた考えをしてみせた。そしてそのうえで声、今彼と話をしているその声自身にこう言ってみせたのである。
「声だって変えられるよな」
「何らかのことをしてですね」
「そうさ。それもできるよな」
「そうですね。そうした術もあります」
「テレパシーだしな。あんたが今使っている術も」
「そうですね。今風に言えば」
そうなるとだ。声も述べる。
「そうなります」
「だよな。じゃあな」
「声も変えられるというのですね」
「男の声だって女のそれに変えられるさ」
「では私は男だというのでしょうか」
「どうだろうな。剣士とも限らないしな」
中田は剣士でない可能性も否定しなかった。
「その辺りはな」
「では私が剣士としたならば」
「どんな奴かってか」
「そう思われますか。その場合の私は」
「さてな」
ここでは素っ気なくだ。中田は答えてみせた。
「それはどうかとか言えないな」
「そうですか」
「ああ。けれどあんたは少なくとも戦いの関係者だ」
「それはその通りです」
「それも深くだな」
関わっているというのだ。この戦いに。
「そうした人、いや」
「いや?」
「人か、やっぱりな」
首を捻ってだ。中田は述べた。今度はブロッコリー、今から食べようというそれを見つつ。
「あんたはな」
「私は人ですか」
「随分人間らしいと思うぜ」
声と話してだ。そのことがわかったというのだ。
「感情の起伏があって結構親切だしな」
「私は親切ですか」
「色々と教えてくれるからな」
「そう言われたことははじめてです」
「随分人を見る目のない奴が多いな」
声のその言葉にだ。中田は笑って返した。
「親切でなくて何なんだよ」
「そう言われましても」
「実際に言われたことはなかったのかよ」
「この世に出てから」
それ以来だというのだ。
「なかったです」
「やっぱり世の中は人を見る目のない奴多いな」
中田はまた述べた。
「あんたみたいな親切な人はいないけれどな」
「有り難うございます」
中田のその言葉にだ。声はというと。
少し詰まった様になってだ。中田にこうも言ったのだった。
「その言葉感謝します」
「おいおい、感謝とかはいらないよ」
「いりませんか」
「感謝してもらいたくて言ってる訳じゃないからな」
だからだというのだ。
「別にいいさ」
「そうなのですか」
「そうさ。まあとにかくな」
「はい」
「これからも何かあったらこうして教えてくれたりするのか」
「そのつもりですが」
「じゃあ頼むな」
中田は食べながら声にまた告げた。
「あんたの親切に甘えさせてもらうぜ」
「では私も何かあれば」
言うとだ。声も応えるのだった。
「お話させてもらいますね」
「待っているからな。一応な」
「では」
こうしたやり取りを経てだ。声は中田のところからその気配を消した。そうしてだった。
中田は一人になるとそのまま食事に専念した。そうして彼の夜の一時を過ごしたのである。
第三十七話 完
2012・6・17
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