八条学園怪異譚
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第十七話 舞と音楽その十
「出る?もう」
「うん、何もないからね」
「じゃあすぐに上に出て」
「帰る?それじゃあ」
「お家にね」
二人で話してまた団扇を使って井戸から出た。井戸から出るとその周りに日下部と狐狸達が集まっていた、その中の日下部が二人に尋ねてきた。
「何かあったか、井戸の中には」
「いえ、何も」
「これといって」
こう答える二人だった。
「特にありませんでした」
「井戸の中ははじめて見ましたけれど」
「けれど何もなかったです」
「お水も何も」
「そうか。しかし井戸というのもだ」
日下部もその井戸を見て言う。
「久し振りに見たな、何十年ぶりかにな」
「何十年ですか」
「そこまで、ですか」
「そもそも井戸が日本から姿を消して久しい」
日下部はまたこの話をした。
「特に都市ではな」
「そうそう、ずっとあったものだけれどね」
「なくなったからね」
狐狸達も言う。
「井戸自体が」
「水道になったからね」
「上下水道にね」
文明の進歩によりなくなったものである。これも時代の推移である。
「汲み取り式の便所もなくなったね」
「こっちはまだあるけれどね」
「井戸は本当に急になくなったよ」
「水道の方が遥かに便利だからね」
「ううん、何か凄い時代のギャップを感じるわね」
「私も」
愛実と聖花はここでも井戸の話からそうしたものを感じた。
そのうえで愛実は井戸の方を振り返ってこうも言った。
「もう。使われないものなのかしら」
「それこそ社会とかが破壊されない限りはね」
聖花は寂しい顔になって愛実に応えた。
「もうね」
「そうよね。文明が根絶するとか」
「地震とかになったら水道は使えなくなるし」
水道の弱点はこれだ、インフラが破壊されてしまうともう使うことが出来ない、便利であるがそこには脆さもあるのだ。
「よくある世紀末の漫画みたいな状況になったら」
「井戸に戻るのね」
「けれどそんなことになったら凄く嫌よね」
「核戦争後の世界とかね」
愛実もこの漫画の世界のことは知っている、そんな世界になっても楽しい筈がないというのが彼女の感想だ。
「あんなのになったら」
「食堂出来ないわよ」
「パン屋さんもよね」
「勿論よ。そりゃパンを焼いたりお料理は作られても」
「今のお店みたいにはね」
「そう、出来ないから」
聖花はそうした事態を想定しながら愛実に話していく。
「水道からお水が出ないと食器も洗えないわよ」
「うっ、確かに」
「おトイレだってね」
下水道の話にもなる。
「汲み取りしかないから」
「あの地震ね」
阪神大震災だ、震災が起こった時二人はまだ生まれていないが神戸市民にとっては恐ろしい記憶として残っている。
「ああいうことになるのね」
「そうよ。もう水道は私達jの生活を支えているから」
「とてもなのね」
「井戸には戻れないわよ」
これが聖花の結論だった。
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