ソロモン会戦記
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ソロモンの悪夢(前)
前書き
ガトー無双始まるよ~
宇宙攻撃軍において、ドズル中将に次ぐ実力者は、誰かと聞かれたら、大多数の物は、コンスコン少将の名前を上げるであろう。
実質的なナンバー2は、参謀長を勤めるグリューネマン少将であるが、選任順と実戦経験の差からグリューネマンは、この宿将を立てる事が多い。
また、コンスコンの方も、この知略に溢れる若手の、参謀長に敬意を払っている。
宇宙攻撃軍の双璧と言われる、両者の関係は極めて良好であり、例えドズルが不在であろうと、ソロモンの統率に不安は無かった。
その両者が、お互いの幕僚を連れて、高級士官食堂で食事をしている時に、その報告は届いた。
「ベララベラ管制区に敵影か・・・参謀長はどう見る?」
聞かれたグリューネマンは、ナフキンで口元のソースを拭いながら答える。
「当要塞攻略の為の威力偵察、もしくは、進行ルートの確認でしょうな」
「うむ。儂もどう意見である。しかしサラミス型4隻か・・この程度で偵察に来るとは、実に舐められた物だな。」
「出撃をなさいますか??」
「無論!と言いたい所だが、仮に威力偵察であるのなら、わざわざこちらの、防御態勢を見せる事もあるまい」
「同感です。なればこのまま放置と?」
「付近を哨戒中の、友軍部隊はいないのか?」
コンスコンに問われた士官は、自らの情報端末で確認を取ると、立体情報として、食堂中央の大型にモニターに投影した。
「302哨戒中隊か。ガトー大尉の隊だな」
10万人以上の将兵が所属しているソロモンである。中隊長級の士官など、司令部において、いちいち名前などは把握してない。
無論情報としては、中央コンピューターに登録してあるのだが、それはあくまでも戦力としての情報でしかなく、たかが一大尉の人となりなど、直接の上官でもなければ、本来は知るすべも無い。
しかし、アナベル・ガトー大尉は数少ない例外である。
押しも押されぬ、宇宙攻撃軍のトップエース。
連邦がモビルスーツを本格的に前線に投入して、まだ二月程ではあるが、撃墜スコアは既に50機以上、性格の方も沈着冷静して勇猛果敢であり、武人を思わせるその佇まいは、ジオン軍人の鑑と呼ばれている。
「よろしい。ガトー大尉であれば、4隻の巡洋艦くらい何ともないであろう。速やかに攻撃させよ。ただ念の為、付近の哨戒拠点からも、援軍の手はずを整えよ」
コンスコンの命令は、素早く通信士官によって、302哨戒中隊、及び周囲の友軍に伝えられた。
後世において、ソロモンの悪夢と呼ばれる事になるアナベル・ガトー
その伝説は、この時を以て始まりと呼ばれる。
漆黒の宇宙空間を、高速で移動する幾つかの光点がある。
一直線に進まずに蛇行する事で、目的地を曖昧にする航法は大海原から大宇宙、レシプロ戦闘機から、人型の巨人に変わっても、戦闘行動の基本として軍人に広く知られている。
光点の先頭で後続を導くのはMS-14Aゲルググ。先日ロールアウトしたばかりの新型機だ。
ジェネレーター出力1440KW、スラスター推力61500Kg、と言うその性能は、ジオンの量産機の中では比較の仕様が無い位、群を抜いて優れており、連邦のガンダムの比べても遜色は無い。
本年10月末に先行量産機の25機が、完成したきりその生産は遅れに遅れていたが、12月に入りようやく生産が軌道に乗った所である。
正規型の14-Aが、量産されてまだ一ヶ月である本機に、実戦の機会殆ど与えられていない。
その為ガトーの302哨戒中隊は、本機の稼働データを取るべく、哨戒を兼ねたテストを行っていた所であった。
まだ慣熟も儘ならぬ機体を使っての実戦。
臆病と言う言葉とは無縁で、剛胆を持って鳴るガトーであっても、一抹の不安は拭い切れないでいた。
ー何を馬鹿な、ジオンの魂を具現した、素晴らしい機体では無いかー
そうは思っても、此までの乗機である、MS09Rリックドムとは余りにも、違いすぎるその操作に、慣れて無いのも事実である。
ー私でこれなのだ・・こうも操縦が複雑では、一般の兵の苦労は察して余りあるなー
事実、その操縦性の違いが、ゲルググの配備を遅らせている一番の原因である。どんなベテランであっても、今までの経験が余り通用しなければ、機体を思い通りに動かすのは極めて難しい。
皮肉な事に、ゲルググの操縦訓練に関してだけ言えば、先入観を持っていない学徒兵の方が、上手くいっているのが現状なのだ。
だが、幾ら操縦方の取得が早くても、戦場経験の無い彼らではゲルググの有用性は、上手く活用出来ないであろう。
経験豊富なベテランを、いち早く戦場に出すために・・・ガトーの行っていた稼働データのテストと言うのは、そういった意味が含まれていた。
教育型コンピュータの無いジオンの機体と言っても、稼働データをインストールする事はできる。
ガトーの様なエース級パイロットのデータを、機体にインストールする事が出来れば、操縦する際の極めて大きな補助となろう。
そう言った意味で今回の急な出撃は、ジオンにとっては好機なのかも知れない。
ー全く、苦労するのはいつも私だなー
思わず苦笑してしまう。
ーだが、私は義に寄って立っている。私の苦労だけで他の将兵が助かるのなら、喜んでその苦労を背負おうではないかー
そこまで思った時に突然警報音が鳴り響いた。間髪いれずに後続の部下、カリウス伍長からの通信が届く。
「大尉!後方より高速で接近する物体が!」
「何!?」
ー何時の間に後方に回り込まれた?ー
戦恐し、急いで戦術モニターチェックしたガトーは、脱力から安心感こめて嘆息する。
「カリウス、識別信号を良くみろ。戦場では慌てず冷静でいろ」
「えっ・・あっはい」
「分からんのか?、味方だ。これだけ高速で動いてきてるなら一つしかあるまい、我が方のモビルアーマーだ」
モビルスーツと言う物は地上はともかくとして、宇宙空間では集団行動が前提の機動兵器である。地上と違い重力の無い宇宙空間では、モビルスーツ1機ないし、一個小隊程度の活躍で、戦況が覆る様な戦場と言うのは、中々存在し得ない。
それ故、宇宙空間の戦闘で、単機での火力より、集団としていかに効率良く火力を集中出来るかが問われる。ジオンはモビルスーツを、機動的に運用する事によってその問題を解決した
総合的な火力で連邦に敵わないのあれば、瞬間的に火力を特定の箇所に集中できる機動兵器を・・・それがモビルスーツの登場した必然である。
ミノフスキー粒子散布下の、有視界戦闘において有利と言う理由もあるのだが、それも突き詰めれば火力の集中と言う事に変わりない。
敵の懐に飛び込んでモビルスーツによる接近戦を・・・ルウム戦におけるジオンの戦術ドクトリンであるが、それは詰まる所近接火力の集中と言う事である。
だが事と次第によっては、単機火力の充実が必要な場合がある。
要塞等の拠点攻略時がそうであるし、強襲作戦を実施する場合に置いても単機火力の充実は必要であろう、それが故のモビルアーマーである。
今ガトーの目の前に現れた二本の腕を持ち、鳥の嘴の様な形をした緑色のモビルアーマーは、その戦術思想に最も忠実な機体と言われている
4連装ミサイルランチャーを二つに、マゼラン型戦艦の主砲に匹敵する火力を持つメガ粒子砲。装備した火力に見合う大きさである熱核ロケットエンジン2基から出される136100kgと言う恐べき推力。それは全く鈍重に感じないばかりか、その加速力に対抗できる兵器は、ジオンにも連邦にも他に存在しない。
圧倒的な加速力で接近し、圧倒的な火力で敵を殲滅する。単純明快であるが故に強力無比、太古の昔から変わらぬ戦の真理である。ーMAー05ビグロー 量産機としてジオン最強との呼び声も高い。
「ガトー、相も変わらず余裕を持った編隊機動だな。実に君らしい華麗な動きだ。」
ビグロから聞こえてきた声は、果たしてガトーの予測した通りであった。
ケリィ・レズナー大尉、士官学校以来のガトーの盟友であり、その性格も義に篤く、ガトーと同じく軍人と言うよりは武人と言った方が相応しい。
パイロットとしても、僅か17機しか生産されていないビグロを与えられる程の逸材である。強襲戦闘を得意とする彼にこの機体は真に相応しい。
「やはりケリィだったか。世辞はよせ、わざわざそんな事を言う為に、此処まで来た訳ではないだろう?」
「無論。このケリィ・レズナー、君の援軍として此処まできた。最も、たかがサラミス型巡洋艦4隻に、君が苦戦するとは思えないがね。」
「買い被り過ぎだケリィ、私でも苦戦はするし、指揮を間違う事もある。」
モニターの中のケリィに苦笑を返しながら、機体速度をお互い同期させ横に並ぶ、全長45mに及ぶビグロと並ぶといかなゲルググでも小さく見える。
「だが君の来援には感謝する、轡を並べて共に戦おう。しかし何故此処に?」
今日のケリィは非番の筈だったから当然の疑問である。
「非番とは言え気楽には出来んさ、連邦の本格的侵攻も近い。一刻でも早く機体に慣れねばと、志願して必訓練していた所だ」
「その通りだ、我々には時間がない。いかに高性能な機体を与えられても、使いこなせなければ意味などないからな。この様に新型同士で作戦を遂行出来るのは、僥倖と言えるかもしれないな。」
ケリィとの通信中に別回線から報告が入る。センサーで周囲の警戒を担当しているカリウスからだった。
「大尉、敵の索敵圏内に入ります。まだこちらには気付いていませんが如何いたしますか?」
「よし、カリウス、出撃の信号弾を上げよ」
ガトーの言葉は、カリウスにとっては常識外の事であった。奇襲が作戦の正否を分けるのに、信号弾を上げるなど敵にみすみすこちらの位置を教えるだけでは無いのか?
「カリウス、お前の考えてる事は分かる。だがこの程度の作戦を、遂行出来なくて今後の戦いをどう戦うと言うのだ。我々には大義がある、正々堂々と戦い、勝とうではないか。構わぬから信号弾をあげよ!」
カリウス機の肩から信号弾が打ち上がる。その光は天高く駆け登り、ガトー達を見下ろす遙か高みで弾けた。広がる青い光がガトー達を蒼く染め抜く。
青3号弾。我ガ軍の命運、コノ一戦二有り。
奮励を促すジオン共通の発光信号である。
多くの兵がこの光の下で戦ってきた。荒れ狂うルウムの海
。ヨーロッパの森林。アフリカの大地で、そして今、ソロモンの海で
やがて光は消えた。だが彼らの中ではまだ輝き続けている
これから死地に向かう彼らの中、でその光は己を奮い立たせる源となろう。
「・・・後は行くのみ!」
ガトーの指示の元、各機が最大戦速で加速する。彼らの熱い信念を機体に託して。
遮るものは何もいない、只突き進むのみである。
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