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ソロモン会戦記 

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ソロモンの悪夢(中)

 ガトー率いる302哨戒中隊と連邦小艦隊との戦闘は、ケリィ搭乗のビグロから放たれたメガ粒子砲の一撃から始まった


 戦闘距離12000から深淵なる空間に飛び出した暴虐なる光の矢は、狙い違わずに真っ直ぐ一隻のサラミス型巡洋艦に吸い込まれ、瞬時に幾人かの生命を蒸発させ、又幾人かには逃れ様のない死への宣告を突きつけた。

ーこの距離で高速機動しながらの初弾命中とは・・・さすがはガトー大尉の盟友と言った所かー

 自身も目標として指示された、先頭の艦に向かいながらカリウスは素直に感嘆する。
制止状態の目標ならまだしも、巡航速度で移動する巡洋艦相手に、高速機動する機体の攻撃を命中させるには、自身の速度と相手の攻撃命中時点における予測位置、及び攻撃命中迄のタイムラグ。その全てが頭に入っていなければならない。
複雑な方程式によって導き出されるその全てを理解しても、戦場には不確定の事項が多すぎて初弾命中など至難の業だ


機動速度の違いと言うMS・MAに有利な部分を差し引いてもその技量は恐るべき物と言えよう。そしておそらくケリィはこの複雑怪奇な方程式を頭では無く身体で理解しているのだ。此は何もケリィだけが特別な訳では無く、ベテランと呼ばれるパイロットなら皆が身につけている物ではあるのだが、本年1月3日の開戦以来今日までのおよそ一年。その間の人的損失は激しく、パイロットの大多数はカリウスと同じく開戦後に補充された者達が占める。それでも連邦のパイロットの比較すれば極めて高い練度を有しているのだが、熟練パイロットの絶対数は日々低下している現状だ。


ー大尉達だけには苦労はかけられないー


 自身の機体ーMSー09Rリックドムーのスラスターを全開にし、目標との相対距離を瞬時に詰めたカリウスは訓練通り素早くその主武装たるジャイアント・バズを構える。
歩兵用のバズーカを単純に10倍したその火器は、砲弾に搭載された炸薬量も相まって、命中さえすれば、その当たり所によっては、マゼラン型戦艦すら一撃で轟沈せしめる恐るべき破壊力は秘めている。


「目標をセンターに入れてロックオン・・・」

 訓練で習ったことが思わず口をついて出る。教官が良く言っていた、落ち着きさえすれば問題ない。戦場では常に冷静でいろと。
そうは言っても手が震える。緊張で喉も乾いてくる。そうで無くても自分も敵も双方移動しているのである。巧く照準が合わせられない。

ーええい、ままよー

半ば盲撃に近い形で放たれた砲弾は、宇宙空間での慣性の法則通り、真っ直ぐ目標方向に飛んで行ったのだが、碌な照準も合わせていないソレは、カリウスの願いも虚しくただ艦底を通過していった。

 ガトーの見た所カリウスの狙いは悪く無かった。ただ焦り過ぎたのだ。あと少し落ち着いて撃つ事が出来たのならば、彼の記念すべき初陣の初弾は、」忌まわしき連邦の艦に幾ばくかの損害を与え得たであろう。

 寸での所で危機を脱出しえた連邦からの反撃は苛烈な物だった。対空機銃が奏でるのは死への協奏曲、観客はカリウスのリックドム。強圧的な指揮者が振るタクトは観客にも協奏曲への参加を強いてくる、一度観客が取り込まれたなら、ばタクトは益々凶暴となり曲は葬送曲へと様変わりする。
葬送曲の演奏が終わった後、残されるのは無理矢理葬送された観客の残滓、それは永久に深い闇の中を漂いながら、己の為の鎮魂曲を奏で続ける。
この宇宙は鎮魂曲で満ち溢れている。ラプラス事件より始まった宇宙世紀は、開闢以来鎮魂曲が鳴り続けている。この1年で総人口の半数以上の演奏者を得ながらこの鎮魂曲はなおも止まる術を知らない。


 無論ガトーは鎮魂曲の演奏者になる気など全く無い。彼が演奏する曲は連邦への葬送曲。戦友との協奏曲。そして勝利の凱歌、これ意外に彼に相応しい曲など存在しない。
勿論、これは彼個人のみならず、302哨戒中隊やケリィ・レズナー等、部下や戦友問わず彼に関わる全ての人間に適応されるべき物でもある。

 行動は早かった、カリウスを狙っていた対空機銃の1基を、ジオンの量産機としては唯一ゲルググのみが装備しているビームライフルで打ち抜き、沈黙させたかと思うと、間髪入れず彼に狙いを定めていた主砲を三点バースト射撃により跡形も無く粉砕する。更にこの一連の行動の間に距離を詰め接近戦に持ち込む事で対空攻撃を無用の長物とした。
懐に飛び込んだガトーのゲルググに敵艦が成す術は最早無い。

ーなんと他愛ない。鎧袖一触とはこの事かー

 機体に慣れていないとは言えこの動きである。恐らくはいつもの半分程の力を自分は出せていないだろう。その自分に対してこの体たらくである、せめて一思いに葬るのが武人としての礼儀であろう。

「さらばだ、腐った連邦に属さなければ、この様な惨めな思いをする事も無かったであろうな」

 敵に対する餞としては最大の皮肉であろう。ガトーの思いを代弁するかの様に、至近距離から放たれたライフルの光軸は、サラミス型の主機関部に小さな爆発を生じさせたかと思うと、ほんの一瞬の沈黙の後、艦体を光球と変えた。

 轟沈。その言葉に相応しい大きな爆発であった。爆発の勢いは艦体を四散させ新たなスペースデブリを無数に作りだした。、


 勢い良く飛散した、かつてのサラミス型であった物の固まりを半自動操縦で回避しながら、ガトーは次の獲物を探す。少し離れて左後方には、カリウスのリックドムが、弾丸の如く飛来するサラミスの怨念を危なかしい動きで避けながらなんとか着いて来ている。


「ガトー来たぞ、連邦のモビルスーツだ」

 ケリィからの通信が入る。遅蒔きながら迎撃体制に移行した連邦艦隊からモビルスーツが繰り出されていた。
サラミス型にモビルスーツ格納庫は存在しない。ただ艦体の側面の係留されているだけだ。
保守性には難が有る物の緊急時には極めて素早く出撃できる物で、こういった遭遇戦には有用に働く方法であろう。

 今回の場合、戦闘開始早々ケリィのビグロからの攻撃により一隻を失い、更にガトーの攻撃により瞬く間にもう1隻を失った連邦艦隊が、此処に来てようやく一矢報いるべき行動に移した所と言えよう。
戦術モニターに新たに追加された光点は8つ、連邦の機体情報には乏しい為、出撃してきた機種迄はさすがに判別しない
こちらは302哨戒中隊の9機にケリィのビグロを併せて計10機、対して連邦が巡洋艦2隻に艦載機が8。戦力はほぼ互角と言えよう。

戦闘開始より3分。戦場は混戦の態を成してきていた。 
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