戦国異伝
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第八十三話 明智の覚悟その六
「しかしそこをあえて、ですから」
「ですから。申し上げた通りです」
「御母上のお命で国が手に入るなら、ですか」
「その覚悟がありました故に」
「そうなのですか」
「そうです。それでなのです」
こう言うのだった。明智は杯を持たず箸だけを手に丹羽に話す。
「それに波多野殿もです」
「それがしもですか」
「母上のお命は決して取らぬと見ておりました故」
だからこそできたというのだ。
「そうしたのです」
「しかし明智殿」
その波多野がだ。驚きを隠せぬ顔で明智に問い返した。今は味方同士になっているがそれでもだ。明智への驚きを隠せないまま彼に言ったのである。
「明智殿は母親思いの方ですな」
「世間ではそう言って頂いていますな」
「いえ、そのことは常々聞いておりまする」
波多野は確かな顔で明智に答える。
「しかしそれでも。あえてそうなされるとは」
自分が母親の命を決して害さないことがわかっていたとしてもだ。そこまでできたことにだ。波多野は戦慄を感じながら言ったのである。
「まさにいくさですな」
「はい、政もまたいくさ故に」
「そうされたのですか」
「それがし、つねにいくさ人でありたいとも思っております」100
こうも言う明智だった。
「それ故に。母上には迷惑をかけますが」
「いえ、その明智殿ならです」
波多野はその明智にこう言葉を返した。
「ご母堂も喜ばれるでしょう」
「そうであればよいのですが」
「そこまでのお覚悟を持っておられるご子息を持たれて何とも思わぬ親はおりませぬ」
それ故にだというのだ。
「そう思われる筈です」
「ですな」
丹羽もだ。波多野のその言葉に頷いた。
「それがしもそう思います」
「丹羽殿もそう思われますか」
「はい。しかしこれだけの方ならば」
どうかというのだ。明智は。
「必ずや世に名を残されるでしょう」
「いえ、それがしはその様な」
「ははは、謙遜は不要ですぞ」
丹羽は明智自身にまた告げた。
「実際にこうしてこの丹波を手に入れることができたのですから」
「いえ、実際にこの歳になるまであちこちを彷徨っていますし」
明智は己の身の上から考えていた。これまでのことからだ。
「その母上にも女房にも迷惑をかけています」
「それ故にですか」
「そうです。それがしはしがない男です」
謙遜ではなかった。彼なりの自己認識だった。
そしてそれ故にだ。こう言ったのである。
「子供達も。苦労をしてきております」
「だからこそですか」
「それがしは丹羽殿が思われている様な者ではありませぬ」
こう言うのだった。
「まことにしがなく。下らない者です」
「しかしです」
「しかしとは」
「大器はそうすぐにはできませぬ」
丹羽はまだ言った。今度はこう言ったのである。
「じっくりと時間をかけてできるものではありませぬか」
「大器晩成ですか」
「そうです。明智殿は大器であるが故にです」
「時間がかかったと仰るのですか」
「そう思いますが」
「ならばいいのですが」
ある程度丹羽の言葉を受け入れた言葉だった。とはいってもその顔はまだ浮かずそすいてだ。あまり歯切れのよくない声で述べたのだった。
「これからはせめて。母上や女房には楽をさせたいですな」
「お母上にも」
「そう思っています」
「そうですか。そこまでお母上を大事にされるのは」
丹羽はここで思ったのだった。彼に似ていると。そのうえでの言葉だった。
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