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戦国異伝

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第八十三話 明智の覚悟その五


 そしてそのうえでだ。己の家臣達にこうも言ったのだった。
「あの御仁の母君じゃ」
「明智光秀というと」
「あの幕臣の中でも切れ者の」
「あの者の御母堂がですか」
「人質にこの城に来ると」
「左様じゃ。その明智からの文じゃ」
 その文にしてもだ。他ならぬ彼のそれだというのだ。
「それが来ておるのじゃ」
「何と。では明智殿自らがご母堂を送られてですか」
「それを証として織田家に迎え入れたい」
「若し織田家を、そして自分を信じられぬのなら自分の母親を殺していい」
「そう言ってきているのですか」
「その通りじゃ。こんな文ははじめて見たわ」
 波多野はその文をまだ両手に持っていた。そしてだ。
 何度も何度も、明智自身が書いた彼の名前も見ながらだ。家臣達に言うのだった。
「全く以てのう」
「それで殿」
 年老いた家老がここでだ。主に問うた。
「どうされますか」
「織田に降るかどうか、か」
「はい、どうされますか」
「そうじゃな。明智は本気じゃな」
 まずはこう言った波多野だった。
「明智光秀は幕臣の中でも切れ者じゃが幕府に入るまでは美濃や越前におったな」
「はい」
「そしてその間ずっと自身の母親の面倒を見ておったな」
「左様です。どれだけ流転しても母親の面倒は忘れていませんでした」
「そうじゃ。あの者の親孝行はよく知られておる」
 明智はただ切れ者としてだけでなくだ。孝行物としても知られているのだ。
 それでだ。波多野はその彼のことも言ったのだった。
「その明智がじゃ」
「こう言ってきたということは」
「本気じゃ」
「そうですな。では」
「若し明智の申し出を断ればじゃ」
 どうなるかだった。それは。
「織田は本気で攻めてくる」
「ですな。そうしてきます」
「そして人質を取りおかしなことをすれば」
「明智殿が本気になって怒って先陣として攻めて来るでしょう」
「そうなるのう。あの切れ者の明智殿がのう」
「ではやはり」
「手はない」
 波多野は唸る顔で言った。
「この申し出を受け入れてじゃ」
「そしてですな」
「うむ、織田家に降る」
 実際に唸る顔で言った波多野だった。
「そうするぞ」
「わかりました。それでは」
「さて、じゃ」
 ここまで話してだ。波多野は。
 確かな顔でだ。こう言ったのだった。
「では決めた。わしは織田家に入るぞ」
「畏まりました。それでは」
「織田殿の申し出を受け入れましょう」
「それが最善ですから」
「そうするぞ」
 家臣達にこう応えてだった。波多野は織田家に降ることにした。明智は切り札を出してそのうえでだ。彼等を一兵も損なうことなく織田家に入れたのだった。
 こうして丹波一国は完全に織田家のものになった。丹羽は早速八代城に入りそこで明智達た武田に一色、それに丹波の国人衆にその波多野達と共に祝宴の場を設けた。その場においてだ。
 丹羽は笑顔でだ。こう明智に言ったのだった。
「しかし。まことに驚きました」
「母上のことですか」
「明智殿のことは知っておるつもりです」
 彼の母親思い、それをだというのだ。 
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