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戦国異伝

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第八十三話 明智の覚悟その四


「織田家にな。しかしじゃ」
「はい、しかしですな」
「織田家に降ってもどうなるのか」
「降ったところですぐに首を切られるのでは」
「その不安はありますな」
「そうじゃ。わしだけならまだよい」
 信長はここで己の覚悟を述べた。彼とて丹波を預かるとされている波多野家の者だ。それ故にだ。己の命位は構うことはないと言うことができたのである。
「しかし。御主達や兵達までの命をというならじゃ」
「降る訳にはいかぬ」
「そうだというのですな」
「噂によると織田信長は戦の場においては強くしかも容赦なく攻めるという」
 信長の戦での激しさのことも知られてきているのだ。
「しかし政においては実に寛容で降った者にも命を取ることはなく所領を安堵するという」
「ですから国人達も次々となびいています」
「そうなっています」
「そうじゃな。噂では降っても何も悪いことはない」
 波多野はこう述べた。まずは。しかしだった。
 すぐに彼は懸念する顔でだ。こう家臣達に言ったのだった。
「だが、じゃ」
「はい、噂は噂です」
「真実とは限りませぬ」
「若しそれが噂に過ぎず真実でないのなら」
「我等は全てです」
「撫で斬りもある」
 要するに城中の者をッ皆殺しにするというのだ。戦国の世ではあることだ。
 波多野はこのことを恐れていたのだ。それでだった。
 彼は深刻な顔になりそのうえでだ。家臣達に言ったのだった。
「そうおいそれとはじゃ」
「降る訳にはいかぬ」
「そういうことですな」
「その通りじゃ。降っても御主達のことで心配はいらぬ」
 そうであればだと言う波多野だった。
「そうした確かなものがあってこそじゃ」
「織田家に降りますか」
「そうされますか」
「そうじゃ。今我等は不利じゃが」
 このことは否定しなかった。波多野にしても。
「それでもじゃ。まだ戦はできるからのう」
「おいそれとは降りませぬな」
「まずは」
「織田信長、果たして信用できるのか」
 波多野が気にしているのはだ。やはりこのことだった。
「そこじゃ。問題は」
「左様ですな。果たして噂通りの者か」
「そこですな」
 こう家臣達と話してだ。波多野は容易に降ろうとはしなかった。しかしだ。
 その彼のところに他ならぬ織田家から使者が来た。そうしてだった。
 その使者は波多野にある文を出してきた。彼はそれを家臣達の前で開けてから黙読した。その彼にだ。家臣達は話を聞く顔でだ。こう問うたのだった。
「して、織田家からはです」
「何と言ってきているのでしょうか」
「やはり降れと」
「そう言ってきているのでしょうか」
「いや、ちと違う」
 文を詳しく、隅から隅まで読みながらだ。波多野は主の座から彼等に答えたのだった。
「織田家に来て欲しいとある」
「向こうからそう言ってきたのですか」
「織田家に来て欲しいと」
「その様に」
「そしてじゃ」
 さらにだった。波多野は言うのだった。
「そちらに人を送りたいと」
「人?人質ですか」
「それをですか」
「そうじゃ。幕臣の明智光秀のじゃ」
 彼の名前をだ。波多野は出したのだった。 
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