戦国異伝
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第七十九話 人たらしの才その五
羽柴に対してだ。こう言ったのである。
「まだ足りぬわ」
「もう一つ必要か」
「そうじゃ。まだ必要じゃ」
「ではその必要なものは何じゃ」
「わしはわしだけではないわ」
羽柴の目を見たままだ。そのことは変わらない。
そしてそれからだ。彼は言うのだった。
「この家全部を背負っておるのじゃ」
「では家中の者もじゃな」
「そうじゃ。どう面倒を見てくれるのじゃ?」
ずい、と前に出る感じでだ。羽柴に問うのだった。
「家の者達は」
「安心なされよ。地位も所領もじゃ」
「そのままか」
「織田家は素直に入った者にはそうしておる」
「素直にか」
「逆らう場合は流石に攻めるがな」
しかし歯向かうことなく織田家に入った場合は地位も所領も保証するというのだ。羽柴は荒木に対してそのことを確かな声で話したのである。
「じゃがそれでもじゃ」
「そのまま入ればじゃな」
「左様じゃ。荒木家の家臣の者達もじゃ」
「ふむ。話は聞いた」
「当然御主の地位も所領もそのままじゃ」
「そしてそれからじゃな」
地位と所領が安泰となりだ。それからだというのだ。
「運と実力次第で御主の様になれるか」
「うむ、立身は実力次第じゃ」
「織田信長殿は家柄等にこだわらぬとは聞いておる」
それも聞いているというのだ。
「運と力さえあればじゃな」
「好きなだけのし上がることができるのじゃ」
「話は聞いた」
荒木はしかとだと返す。
「では茶器もじゃな」
「瀬戸の茶器は凄いぞ」
「茶器を自分の領地で造るとはのう」
「これがかなり売れだしておる。どうじゃ」
「わしも買ってみればどうかというのか」
「そうじゃ。悪い話ではあるまい」
茶器からもだ。羽柴は荒木を誘いにかかる。
「織田家におれば茶器も好きなだけ手に入りじゃ」
「茶も飲めるな」
「ここにおる様にな」
「成程のう。話は全て聞いた」
その茶器、碗を手にして言う荒木だった。
「面白い。ではじゃ」
「どうするのじゃ。それで」
「わしは茶器が好きだ」
荒木は羽柴にまずはこう答える。
「それこそ思う存分手に入れたり」
「ではじゃな」
「家臣の者達も引き立ててくれる。それならばじゃ」
どうするかとだ。荒木は述べた。
「織田家に入ろう。是非共な」
「左様か、そうするか」
「うむ。ではじゃな」
「では、か」
「もう一杯どうじゃ」
羽柴がここで一杯飲み終えたのを見届けてからだ。荒木は彼にこう言ってきたのである。
「茶をじゃ。どうじゃ」
「もらえるか」
「わしの淹れた茶は美味かった様じゃな」
羽柴の飲み方がよかったのを見て述べた言葉である。
「実に美味そうに飲んでおったぞ」
「確かにのう。美味かったぞ」
羽柴もだ。確かな笑みで荒木に返す。猿面冠者の笑みである。
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