久遠の神話
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第三十六話 中田との戦いその六
「そうだったのよ」
「ワインは割って飲んで」
「お茶もなかった」
「何かもうそれだけで」
「全然違う世界に思えますね」
「あと食べるものも」
その話もだ。聡美はしてきた。
「フォークとかスプーンもなかったのよ」
「じゃあナイフもですか?」
「そういったものも」
「そうよ。なかったわ」
そうした食器の類はなかった、それならばだった。
「手で食べていたのよ」
「焼いたお肉とかもですか」
「そうして」
「そうよ。全部ね」
手で食べていたというのだ。かつてのギリシアは。
「そう考えると今は。特に日本は」
「全然違いますか」
「何もかもが」
「甘いものも」
今度は今聡美が飲んでいる様な甘いものの話にもなった。
「なかったからね」
「あっ、お砂糖もですか」
「それもなかったんですか」
「とてもね。甘いものは果物、それに」
「それに?」
「それにといいますと」
「ネクタルや黄金の林檎ね」
無意識のうちににこりとしてだ。聡美はこうした食べものを話に出した。
「どちらも果物だけれどね」
「果物でも?」
「それでもなの?」
「そう。特別な神々の果物があるわ」
言葉は現在形だった。聡美はこのことにも気付いていない。
「神々は常に甘いものを楽しめたけれど」
「人間はですか」
「昔は」
「そう。今はこうしたお店で普通に果物が出て」
しかもだというのだ。
「果物よりも遥かに甘いお菓子も出るわね」
「ケーキもクレープもありますね」
「アイスクリームも」
「まさかこうした時代になるなんてね」
複雑な、戸惑いと喜びが入り交ざった笑みでだ。聡美は言った。
「あの頃は思いもしなかったわ」
「その頃はですか」
「そうなんですか」
上城も樹里も気付かなかった。聡美が今何を言ったのか。
そこには重大なものがあった。だが二人は聡美と自然に話をしているが為にこのことを見落としていた。そして見落としたそのままでだった。
聡美の話をさらに聞いていく。彼女はあらためてこう言ってきた。
「それで上城君は戦うと決めたのね」
「はい」
烏龍茶を飲みつつ。彼ははっきりと答えた。
「正直まだ迷いはありますけれど」
「それでもなのね」
「決めました。この無益な戦いを止める為に」
「戦うのね」
「剣士の人達を止めます」
そうして戦いを止めるというのだ。
「そのことを決めました」
「いいことよ。結局はね」
「剣士が戦いを止める為にはですね」
「戦うしかないのよ」
パラドックスだった。まさに。
そしてそのパラドックスをだ。聡美は彼にあえて言うのだった。
「命を奪うことはしなくてもね」
「それでもですね」
「ええ、戦うしかないのよ」
選択肢は限られている。そうだというのだ。
「若しくは。降りるか」
「戦いを降りるか、ですか」
「そう。けれど戦いを降りるということは」
「戦いを止めるという僕の願いから逃げるということになりますね」
「結果としてね」
そうなるとだ。聡美もその通りだと述べる。
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