久遠の神話
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第三十五話 止める為の戦いその九
「戦いましょう。彼が前に出てくれば」
「ですがかなり強いですよ」
「なら会うまでにより強くなるだけです」
高代自身がだ。そうなるだけだというのだ。
「それだけですから」
「そうですか」
「上城君も強くなることです」
それは彼も同じだというのだ。上城もまた。
「そして。村山さんを悲しませてはなりませんよ」
「わかりました」
剣士としては敵同士だ。だが、だった。
高代は上城に教師として、人間として話した。そうしてだった。
上城は今は高代と別れた。そうしてだった。
この日は部活に出て下校に赴く。この日も樹里と共に帰る。その彼に声が語り掛けてきた。
「お久し振りですね」
「貴女ですか」
「はい。宜しいでしょうか」
「あの、あの加藤さんって人は」
「彼も剣士です」
この事実をだ。声は上城に告げた。
「それが何か」
「剣士はいい人ばかりとは限らないんですね」
「彼を悪人だというのですね」
「犯罪者ですよね」
顔を曇らせてだ。上城は声に問うた。
「そうですよね。でしたら」
「確かに彼は戦闘狂で多くの障害事件、この時代の日本ではそう呼ばれている事件を起こしています」
「ではやはり」
「しかし。それは人間の世界でのことです」
「人間の」
「そうです。あくまで人間の世界でのことです」
こう言うのだった。
「あくまでそうなのです」
「人間の」
「そうです」
声は上城に言っていく。
「それでしかないのです」
「じゃああの人は」
「人間です。しかし住んでいる世界は」
「人間の世界じゃないんですか」
「野獣ですね」
加藤はそれだというのだ。
「野獣なのですから」
「じゃあ野獣なら」
「戦うことが普通なのです」
「だから戦うんですか。あの人は」
「そうです。只それだけです。言うならば」
声は上城にさらに言っていく。加藤のことを。
「貴方達が学び働くことと同じです」
「戦うことが生きることですか」
「彼はストリートファイトをして生計を立てています」
声は彼がどうして生きているかも知っていた。
「そして運命と共にその野獣の本能を見て」
「あの人を剣士にされたのですか」
「力が必要なのです」
声はここで切実なものを帯びさせた。
「それも少しでも多く」
「?力が必要?」
上城は声の今の言葉に疑問を感じた。それで首を捻り問い返したのだった。彼にとって力とは今は自分達のそれぞれの力のことだからだ。
だが別の力もある。それを感じてだった。
「あの、それって」
「?何か」
「いえ、今仰いましたけれど」
こう声に問う。
「力が必要だと」
「いえ、それは」
声は何かに気付いた様だった。それでだ。
咄嗟に何かを隠した。その何かを。そのうえでこう上城に言うのだった。
「特に何も」
「?ないんですか?」
「はい、そうです」
こう返してきたのだった。
「そうなのです」
「一体何かと思ったんですが」
「そうですか。とにかく彼ですが」
声は必要なことは喋らない。そのかわりにだ。
「彼もまた剣士なのです」
「そうですか」
「おわかりになられましたね」
「はい」
顔を暗くさせてだ。上城は答えた。
「そのことは」
「ではいいです」
「ですがそれにしても」
暗い顔のままでだ。また言う上城だった。
「剣士は色々な人がいるのですね」
「剣士の数だけです」
いるとだ。答える声だった。
「存在しています」
「そうなのですね。では」
「あの剣士とはどうされますか」
「止めたいです」
戦いを止めることを決意した、それならだった。
「絶対に。戦ってでも」
「その強さはかなりのものです」
加藤の強さについてもだ。声は言ってきた。
「そのことはおわかりになられていますね」
「ええ、それは」
よくとだ。上城も答える。
「わかっているつもりです」
「それでもですね」
「僕は決めましたから」
戦う為に戦う、そうすると決めたからだというのだ。
「戦います、あの人とも」
「わかりました。ですが」
「ですが?」
「戦いは予定通り進みます」
声は上城の声を否定する様に言ってきた。
「そうなりますので」
「予定通り?」
「そうです。この戦いで遂に」
声の調子が僅かだが上ずっていた。まるでそこに希望がある様に。
そしてその声でだ。こう上城に言ったのである。
「私の望みが適うのですから」
「望み?それは一体」
「貴方には関係ないことです」
声は上城にその望みは言わなかった。
「ですから言いはしません」
「そうですか」
「ではまた会いましょう」
己のことは話さずにだ。そしてだった。
声は上城のところからその気配を消した、そのうえでだった。
一人になった彼もその場を後にした。そうしたのだった。
第三十五話 完
2012・5・31
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