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久遠の神話

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第三十四話 戦闘狂その六


「ない訳じゃないですけれど」
「それでもですね」
「そんな酷いいじめを受けた経験はありません」
「圧倒的な暴力はですね」
「はい、ありません」
 こう正直に答えたのだった。
「そういうことは」
「そうですか。それは何よりです」
「けれどそれでもですね」
「はい、逃げることもです」
 選択肢の一つだとだ。高代はまた上城に告げた。
「さもないと最悪の結果になりかねません」
「自殺ですか」
「そうでなくとも心に余計な傷を負ってしまいます」
「心に」
「そうです。傷をです」
 だからだというのだ。
「逃げることも否定するものではありません」
「ですが。こうした場合は」
「剣士としての戦いについてはですか」
「僕、やっぱりこうした戦いは認められません」
「願いを適える為、つまりエゴの為の殺し合いですからね」
「ですからとても」
 認められなかった。上城の性格では。
 そしてそれ故にだった。彼は言うのだった。
「戦いを止めたいです」
「では逃げることは」
「こうした場合でも逃げていいんでしょうか」
「上城君だけのことなら」
「僕だけのこと」
「そうです。上城君が戦いを止めたいと思われ」
 そしてだというのだ。
「ですがそれでも。それが出来ずに命を落としそうならば」
「その時はですか」
「逃げることも手です。ただ」
「ただ?」
「それは上城君一人の場合ならばです」
 その上城一人を見ての言葉だった。
「その時はそれで構いません」
「そうなんですか」
「しかし。若しもです」
「若しも?」
「はい、若しもです」
 こう前置きしてだった。高代は上城の目をじっと見て話す。
「上城君が一人でないのなら」
「僕だけじゃなかったら」
「その他の人を見捨てて逃げることは駄目です」
「それならですか」
「はい、それは決してしてはいけません」
 こう上城に言うのだった。
「誰かを見捨てて逃げることは」
「卑怯だからですね」
「それは最も醜いエゴの一つです」
「自分だけが生き残ることは。そうですよね」
「そうです。若し逃げるのなら」
 その場合はだというのだ。
「その人も連れてです」
「そうしてですか」
「はい、逃げるべきか。それとも」
「それとも」
「若し逃げられないのなら」
 このケースも頭に入れて上城に話した。
「その場合はその人を逃がすことです」
「自分を犠牲にして」
「そうしてその人を逃がしてから逃げるべきです」
「それでも逃げてもいいんですか」
「撤退と言うでしょうか」
 戦い故にだ。軍の様な用語も出す高代だった。
「それは」
「撤退は」
「それは恥ではないのですよ」
「そうなんでしょうか」
「そうした教師に立ち向かうことは難しいです」
 教師でなくともだ。暴力そのものに対してだというのだ。 
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