久遠の神話
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第三十四話 戦闘狂その七
「それならです」
「逃げることもですか」
「若しもです」
高代は言葉を強くさせてきた。それは上城への、人間としての言葉だった。
「そうした教師に立ち向かえるなら別ですが」
「生徒が先生にですか」
「できますか、それは」
「難しいです」
こう言うのであった。
「先生でしかもそうした人って」
「大抵は体格がいいですね」
「そうですよね。それもかなり」
「体格がいい。健康な肉体でもある」
健全な精神は健全な肉体に宿るという言葉がある。だが、だった。
ここにはこうした言葉があるという説もある。『かし』という言葉だ。健全な精神は健全な肉体に宿るかし、となるのだ。この言葉の意味は。
そうあって欲しいということだ。そういうことだ。
健全な肉体を持っていても健全な精神を持っているとは限らないのだ。そうであれば世の中は実に簡単だ。むしろ健全な肉体を持つ全く健全でない精神の輩が目立つ。
そしてそうした輩が人を指導する立場にいることも多いのだ。そうした相手にはだというのだ。
「難しいというものではありません」
「それと同じで」
「はい、立ち向かえず無駄に傷を負うのなら」
肉体だけでなく心にもだと。高代は上城に言っていく。
「逃げることも必要なのです」
「そういうものですか」
「若し逃げたくないのなら」
「その場合は」
「強くなることです」
そうした相手にだ。立ち向かえるだけの力を備えろ、高代は上城に言った。
「そうすることです」
「強くなる、ですか」
「剣士としてなら」
剣士の戦いのことだからだ。彼も剣士のことを言う。
「怪物達と戦いそうして」
「倒してですか」
「他の剣士を圧倒するだけの力を備えることです」
「そしてその力で」
「抑止力となることです」
「何かアメリカみたいですね」
「アメリカですか」
アメリカという国については上城もよく知っている。言わずと知れた世界の超大国でありその圧倒的な軍事力を以て世界の警察、即ち抑止力を自認している。
そのアメリカについてもだ。高代は上城に話した。
「多分にあの国はエゴが強いですが」
「それでもですか」
「あれだけの圧倒的な力を持てば」
「剣士同士の戦いも」
「相手を負かすだけが戦いではありません」
剣士の戦いも然りだ。剣士は戦いから離脱を表明すればそれで戦いから離脱したことになる。高代の言う撤退にはこの意味も含まれている。
「適わないと相手に見せて」
「そうしてですか」
「そうです。戦いを捨てさせることもです」
「やり方ですか」
「私はどうかわかりませんが」
自分のことも言う高代だった。
「ですがそれでもです」
「それもやり方ですか」
「そうです。逃げるのも戦うのも」
「どちらも選択ですか」
「私は上城君の考えを尊重します」
穏やかでかつ紳士的な笑みでの言葉だった。
「そして出来るだけ上城君とは戦いたくはないです」
「僕も先生とは」
「しかし私の願いの為には」
まさにその為に、必要とあらばだった。
「戦いますので」
「そうですか」
「その時も上城君が撤退するのなら追いません」
「いいんですか。それも」
「そして間違っても上城君以外の関係者」
樹里を見た。そうしての言葉だった。
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