久遠の神話
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第二十二話 広瀬の礼儀その六
「さもないと俺も困るからな」
「だからこそですか」
「そういうことさ。だからその先生の気持ちはわかるさ」
ひいてはだ。高代を肯定さえするのだった。
「どうしてもな」
「ですか。中田さんもまた」
「本当はその先生もそうじゃないのかね」
「戦いたくはないですか」
「死にたくないとかな。傷つきたくないとかじゃないんだよ」
右手を手刀を思わせる形にしてだ。左右に振って否定した。
「そういうのじゃなくてな」
「また別の理由ですね」
「傷つきたいんじゃなくて傷つけたくないんだよ」
逆だった。その対象が。
「俺も多分あの先生もな」
「人を傷つけたくないんですか」
「けれどな。天秤なんだよ」
「ライブラ、ですか」
「ああ、傷つけるのが嫌かそれとも夢を捨てるか」
二択、それはまさに天秤だった。
「どっちかを重く考えてな」
「そしてその結果」
「で、俺は戦いを選んだんだよ」
「あの先生もですか」
「そうなるな。結局そういうのを決めるのってな」
それは何かとだ。中田は悟った様な顔で聡美に述べた。
「天秤なんだよ」
「どっちが重いかですか」
「誰かを犠牲にしてもそれをしたいか」
「そうではないか」
「どっちかって考えてな」
「そして、ですか」
「重い方に決めるんだよ」
そうなるものだとだ。達観して言ったのである。
「人間ってやつはな」
「そうですね。それはですね」
聡美もだ。中田のその言葉を受けてだ。
そのうえでだ。こう言ったのだった。
「私達も同じですし」
「だろ?人間誰しも同じなんだよ」
中田は気付かなかった。聡美が自分を含めた何かと人間の間に線を引いて話したのを。
そのままだ。彼は言ったのである。
「善悪だってな。中には良心の全然ない奴だっているけれどな」
「それでもですね」
「ああ、大抵の奴は善悪を天秤にかけてな」
「決めますか」
「俺だってわかってるさ。剣士でも人を殺すのはな」
「それはですね」
「やっぱり間違ってるさ」
そしてそれはだ。即ちだというのだ。
「悪いことさ」
「怪物を相手にするのならともかく」
「人を相手にして戦うのならな」
それは悪だというのだ。これが中田の倫理感だった。
だがその倫理感を善としたうえでの葛藤の果てにだ。彼は決めたのである。
「けれどだよ。俺はどうしてもしたいことがあってな」
「そのうえで」
「ああ、俺は戦う」
それが決めたことだった。
「絶対にだ」
「そうされますか」
「あの先生もそうだろうしな」
「人間は。本当に複雑ですね」
中田の話をここまで聞いてだ。聡美はだ。
しみじみとだ。深く理解した顔で述べたのだった。
「善と悪の双方があり」
「だろ?だから工藤さんとか高橋さんって凄いんだよ」
「迷いなく。戦いを止めると決められるからこそ」
「ああ、それってやっぱり凄いよ」
中田は深く感嘆する声で述べた。
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