戦国異伝
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第四十五話 幸村先陣その九
「寿桂尼様はです」
「貴殿等が尾張までお送りするか」
「そうさせて頂きたい」
まさにだ。そうしたいというのだ。
「それで宜しいでしょうか」
「是非そうされるべきであろう」
信玄もだ。それがいいというのだった。
「やはりここは」
「左様ですな。それでは」
「では駿河は我等武田が治めさせてもらう」
あらためてだ。政の話も戻った。そのうえでの言葉だった。
「遠江の半分も然り」
「わかり申した。では民と兵のこと、くれぐれも御願い申す」
「国と民は何の為のものか」
そのこともだ。信玄は忘れていなかった。そのうえでの言葉だった。
「天下のものである」
「公のものでござるな」
「左様、我等はそれを預からせてもらう」
これが彼等の考えだった。国は自分のものではないのだ。天下のもの、それがわかっているからこそだ。万全に治めるというのだ。
これは信玄然り信長然りである。わかったうえで動いている彼等なのだ。
だからこそこう言えるのだ。その信玄の言葉であった。
「万全に治めさせて頂く」
「さすれば」
こうしてだった。雪斎は兵達を信玄に預け寿桂尼を引き取ったうえでだ。己と共に義元の下に向かう今川の家臣達を連れてだ。今度は尾張に向かうのだった。
輿に乗る老齢ながら美麗さを見せている尼の服の女がだ。こう雪斎に問うてきた。
「和上、宜しいでしょうか」
「はい、何でしょうか」
「今川のことですか」
年老いた尼僧は今川の家のことを問う。彼女こそその寿桂尼である。義元の母にして今川家の賢母と言われるだ。その彼女なのだ。
その彼女がだ。暗い顔で雪斎に問うのである。
「最早」
「残念ですが」
雪斎もだ。寿桂尼に無念の声で答える。
「今川は国を失くしてしまいました」
「左様ですか」
「そして主たる義元様、御嫡男氏真様は」
「尾張にですね」
「我等が今向かう国におります」
そこにだというのだ。
「御無事だとのことです」
「左様ですか。ならよいのですが」
「織田は義元様と氏真様を生け捕りにしました」
馬を進めつつだ。雪斎は話すのだった。
「首を取られると思ったのですが」
「生け捕りですか」
「織田の家臣には相当な腕の者が幾人も折るようです」
「織田の兵は弱いと聞いていましたが」
「はい、兵は弱いです」
それは間違いないとだ。雪斎も言えた。ただし今川の兵も弱いこともだ。彼はよくわかっていたがそのことは今は言わずに話を進めるのだった。
「ですが将はです」
「強いですか」
「そしてそうした豪の者もおります」
「織田には人が揃っていますね」
「確かに」
その通りだとだ。雪斎はまた述べた。
「織田の人材は相当なものです」
「だからこそ我等に勝ったのですか」
「そうなのでしょう。してやられました」
「まさか。今川が」
敗れたとだ。寿桂尼もまた無念の顔で話す。
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