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戦国異伝

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第四十五話 幸村先陣その八


 だが今はあえて何も言わずだ。信玄と穴山の話を聞くのであった。
 信玄はだ。己の前に平伏する穴山にだ。こう問うのだった。
「織田は何と言っておるのじゃ」
「はい、義元殿の母上であられる寿桂尼様のことで」
「むっ」
 その名を聞いてだ。信玄も雪斎もだった。
「これは面白い」
 まずはだ。信玄が神妙な顔で述べた。
「丁度今言おうと思っておったところじゃ」
「拙僧もです」
 そしてそれはだ。雪斎もだった。
 彼もだ。信玄と同じく神妙な顔でだ。こう言うのだった。
「今お話しようとしていたのですが」
「しかし織田がそれについて言って来るとはのう」
「思わぬことです」
「まさかと思うが」
 信玄は言うのだった。
「寿桂尼殿を」
「織田が」
「尾張で。面倒を見させてもらいたいとのことです」
 こうだ。信長は言ってきたというのだ。
「屋敷や人は用意するからとです」
「ううむ、信じられんな」
「織田がそう言って来るとは」
 このことはだ。信玄も雪斎もだった。
 やはり信じられない。しかし同時にこうも言った。
「だがここでこう言うとは」
「織田信長、そうしたところまで目がいきますか」
「ただ。桶狭間で勝っただけではないか」
「心も向けますか」
「してどうされますか」
 穴山はあらためて信玄に問うた。その顔を彼に向けてだ。
「ここは」
「織田がそう言ってくるならだ」
 信玄は穴山の問いにすぐに答えた。
「わしとしてはだ」
「受けられますか」
「雪斎殿に任せようと思っておった」
「左様でしたか」
「しかし織田から話が来た」
 信玄はまたこのことについて話した。
「自分でとはのう」
「それで織田にですな」
「うむ」
 信玄はここでは頷く。
 そしてだ。こう雪斎と穴山に話すのだった。
「どうやらただ戦や政にだけ秀でているようではないな」
「その他のものもですか」
「併せ持っておりますか」
「織田信長、容易な者ではあるまい」
 信長をだ。こうまで評する。
「して雪斎殿」
「はい」
「ここはそうされるべきじゃ」
 寿桂尼をだ。信長に任せるべきだというのだ。
「織田に任せられよ」
「してそれがしは」
「尾張に向かわれよ」
 つまりだ。信長のいるその国にだというのだ。向かえと言うのだ。敵の国にだ。
 そしてだ。信玄はこんなことも述べた。
「貴殿等を決して悪くはせぬ」
「そうですな。どうやら織田信長という者」
 雪斎もだ。確かな顔で言った。
「人というものがわかっているようです」
「人がわかっている者は無体なことはせぬ」
 信玄もわかっていることだった。伊達に武田の主ではない。
「義元殿、氏真殿だけでなくじゃ」
「寿桂尼様にも」
「そして貴殿等もじゃ」
 雪斎達に対してもだ。そうだというのだ。
「だからじゃ。安心して尾張に行かれよ」
「さすればです」
 話が決まったとしてだ。今度は雪斎から話してきた。 
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