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戦国異伝

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第三十四話 今川出陣その九


「武もまた泰平になっても必要なのだ」
「文と武は常に必要ですね」
「今の戦国の世であっても文は必要ではないか」
 雪斎は話を逆転させてみせた。
「違うか、それは」
「確かに。それは」
「どの国も確かな大名はそうしておる」
 国を治めている、それはまさにその通りだった。
「我が今川もそうだし北条、何よりもじゃ」
「武田殿と」
「織田じゃ」
 武田だけではなかった。雪斎は自ら織田の名を挙げたのである。
「両家の治は見事じゃ」
「武田殿ですが」
「金山に特産品に力を入れてじゃ」
 信玄はむしろそちらの方に関心があるのだ。彼は戦において無類の軍略を見せるがそれ以上にだ。その戦で手に入れた領地を治める方が好きだし得意なのだ。
「田畑もよく開墾し手入れしておる」
「甲斐や信濃は田畑には乏しいと言われていますが」
「それでも開墾すれば違う」 
 こう元康に話すのだった。
「その証に武田殿はもう米には困っておらぬな」
「はい」
「田畑だけでなく堤も築いておるしな」
 それもだというのだ。堤もなのだ。
「甲斐の堤はわしも一度見たがじゃ」
「どういったものでしょうか」
「あの堤がある限り甲斐は川の乱れに悩まされることはない」
 つまり治水である。それをどうするかは明においては古代から為政者の最重要課題であった。だがそれは程度の差こそあれ日本も同じなのだ。
「しかも信濃までそれをされておるわ」
「あの国もですか」
「しかも道まで築いておる」
 堤だけではなくだ。それもだというのだ。
「見事よ。甲斐も信濃もかつての貧しさはない」
「武田殿の治、そこまでなのですか」
「そうじゃ。してじゃ」
 武田の話をして。次はだった。
「わかるな、わしの言うことが」
「織田殿でございますか」
「尾張は見たことはない」
 こう前置きしての言葉であった。だが、だった。彼はしかしだというのである。
「それでもじゃ。聞く限りではじゃ」
「見事なものですか」
「尾張は元々豊かにしても」
 石高が高いうえに商業が発展し港もある。そうした意味で確かに豊かな国である。
「それでも。甲斐や信濃よりもじゃ」
「さらにでございますか」
「治められておる」
 そうだというのである。
「その様じゃな」
「六十万石でしたが」
「実際はそれよりまだ上であろう」
「六十万石以上でございますか」
「それだけの力があろう」
 こう元康に話すのである。
「今の織田はな」
「それだけの文がありますか」
「うむ、ある」
 まさにだ。あるというのである。
「それに武もじゃな」
「武も武田殿以上でございますか」
「そう見ておる。この戦」
 そのだ。織田との戦の話にもなった。 
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