戦国異伝
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第三十四話 今川出陣その十
「容易ではなかろう」
「激しい戦になりますか」
「激しいで済めばよいがな」
「済めば、ですか」
「この戦運命を決める戦ぞ」
雪斎の言葉がこれまで以上に深刻なものになった。
「今川の運命をな」
「そこまでなのですか」
「下手をすれば危うい」
今は極端な言葉を使わなかった。流石にだ。
「どうなるやわからぬわ」
「一刻も油断はなりませんか」
「上杉謙信は織田上総介を尾張の蛟龍と呼んでおるらしい」
「それは聞いています」
「聞いておるな、そなたも」
「私もこの耳でその通り名を聞いております」
既にだ。信長のその通り名は天下に広まりだしていたのだ。とはいってもまだ彼の実力を認めていない者がかなりいるが。義元も然りである。
「越後の龍に尾張の蛟龍ですか」
「龍よ、まさに」
「その龍と戦うとなると」
「竹千代、そなた上杉に勝てるか」
雪斎の顔が強張っている。
「どうじゃ。勝てるか」
「上杉にでございますか」
「同じ数の兵だとしても。勝てるか」
「いえ」
流石にだ。雪斎のその問いにはだ。
元康も首を横に振った。彼は己のことがわかっていた。
「上杉殿はとても」
「そうじゃな。あれは勝てぬわ」
「相手をできるのは武田殿か北条殿か」
「それか安芸の毛利か薩摩の島津位じゃ」
西国の大名達の名前も出る。
「長宗我部はどうかわからんがな」
「そうそう相手にはできないかと」
「しかし織田上総介は相手にできるであろう」
「同じ龍だからこそ」
「その龍と戦う。若し敗れれば」
その時はだというのだ。雪斎は全く笑ってはいない。
「終わりぞ。わかったな」
「それでは」
「まずは砦じゃな」
戦の話に戻った。それにだ。
「丸根と鷲津じゃ」
「その二つをですね」
「その二つを陥とさなければ話にならん」
まずはだ。その二つだというのである。
「せめてじゃ。その二つをじゃ」
「清洲はそれからですか」
「そこで戸惑っていては何にもならん」
雪斎の言葉は続く。
「よいな、くれぐれもじゃ」
「その二つを」
「守っておるのは佐久間大学だったな」
雪斎のその言葉が知っている相手に対するものになっていた。
「あれは手強い」
「確か織田家で屈指の猛将でしたね」
「そうじゃ。何度か戦ってきたが強い」
そうだというのである。
「それにじゃ。他にもおるな」
「木下秀吉とその弟でしたね」
「よく知らぬ者じゃ」
雪斎もだ。彼等のことは知らないのだった。それでだ。
二人について話す時はだ。どうしてもだった。
「百姓の出というがのう」
「詳しいことはですか」
「うむ、知らん」
どうしてもだ。そうだというのである。
「蜂須賀という者もおるようじゃが」
「その者は確か」
「忍の者だったな」
「そうですね。確か」
「ふむ。忍か」
考える顔で述べる。元康の話を聞きながら。
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