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戦国異伝

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第百八話 茶の湯の南蛮人その十二


「死の穢れじゃしな」
「ですな。そもそも人の命、それが例え身分の低い者であっても」
「奪おうとはしなかったわ」
「公卿の方々のお考えの中のよきものの一つかと」
「その通りじゃ。わしもそうした邪法は許さぬ」
 信長も断言する。
「何かあろうともな」
「それこそが正しき政かと」
 利休もこう信長に告げる。
「政ではどうしても人の命を奪ってもしまいますが」
「それでもな」
「邪法により奪うのは外道以外の何者でもありませぬ」
 陰謀やそうしたものとは違う、そこにあるものは何かというと。
「それは魔です」
「魔道か」
「魔道は政ではありませぬ」
「魔でしかないな」
「その通りでございます」
「そうじゃな。魔は何かというと」
 信長は眉をこのうえなく顰めさせて話す。
「闇じゃ」
「その通りですな」
「織田家の色は青、木の色であり」
 五行思想ではそうなる。青は五行思想のそれにあたる。
「東、春じゃ」
「そこにあるものはよきものです」
「そして空の色じゃ」
 それでもあるというのだ。
「青い。天の色じゃ」
「闇とは全く違います」
「闇を払う」
 信長は言った。
「わしは天下の闇を払っていくぞ」
「魔が潜めばそれもまた」
「そうするぞ。それは御主もじゃな」
「それがしは黒を好みます」
 利休の好む色はそれだ。その黒に美を見出しそれを確立させようともしているのだ。
 一見すると黒は闇だ、だが利休は黒についてこう言うのである。
「黒もまた色なのです」
「闇とは違うな」
「黒は水です」
 ここでも五行思想の話になる。
「北、黒でありまして」
「夜じゃな」
「陰陽の陰でもありましょう」
 青もそうだが黒もまた陰だ。それに対して陽は赤と白になる。
「しかしどちらも邪ではないのです」
「陰であってもな」
「この世の摂理なのですから」
「しかし魔道はこの世の摂理ではない」
「それ故に危ういのです」
「そうじゃな。その通りじゃ」
 信長は晴れ渡った顔で述べた。それはまるで青空の様だった。
「わしの敵はそういうものもじゃな」
「大名家で闇を持っている家はありませぬ」 
 利休はそのことも見ていた。彼の目は様々なものを見ておりその中においてそうしたことも見抜いていたのだ。
「そして公卿の方々も大抵は」
「大抵はというと」
「どうも気になる方がおられまして」
 利休の言葉に怪訝なものが宿った。
「お一人ですが」
「どなたじゃ?」
「先程の茶の席で名前が出ていた方ですが」
「高田殿とかいう御仁か」
「はい、どうも古い家の方ですが」
「その方が妙にか」
「はい、どうも滅多に表に出ない方ですが」
 その高田という公卿がだというのだ。
「どうやら何かとあります」
「そうなのか」
「はい、これから調べましょうか」
「ふむ、では頼めるか」
 信長は袖の下で腕を組んだまま考える顔で利休に答える。
「その様にな」
「畏まりました。それでは」
「頼むぞ」
「それでは」
「さて、後は都も整え」
 信長は闇の話から別の話に変えた。
「人も探すか」
「天下を治める力となる方をですか」
「探そうと思っておる」
「では織田家も調べるとよいかと」
 利休はまずは織田家の中を探すことを勧めた。それと共にこの逸話も信長に話した、その話は何かというと。
「韓信は最初は項羽のところにいました」
「しかし項羽は気付かなかったな」
「それが大きな誤りとなりました」
 話したのはこの逸話だった。
「そして陳平もまた」
「項羽は自身があまりにも凄かったからのう」
「史記でも屈指の英傑かと」
「だがそれ故にじゃな」
「はい、韓信にも陳平にも気付きませんでした」
「若し項羽ではなく劉邦であったなら最初から気付いたやもな」
「少なくとも皇帝になるまでの劉邦は」
 皇帝になってからの劉邦は猜疑心の塊になってしまう。史記においても皇帝になってからの劉邦は否定的に書かれている。
「そうしていたやも知れませぬ」
「あの頃の劉邦はよかったのう」
「少なくとも皇帝になるまでは」
 韓信も皇帝になってからの劉邦に殺されている。このことも有名な言葉になっているのも史記の功績である。
「ですから殿もです」
「まずは当家を探すか」
「そうすべきかと」
 こうした話をしてから信長はまずは家の者から人材を探すことにした。天下随一の勢力となったが人を集めるのはこれからだった。


第百八話   完


                         2012・9・26 
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