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戦国異伝

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第百八話 茶の湯の南蛮人その十一


 だから茶を飲む。その彼の言葉である。
「南蛮の葡萄酒もどうやら」
「葡萄から酒が作れるでおじゃるか」
「その様ですな」
「ふむ。南蛮とは聞けば聞く程本朝とは違うでおじゃるな」
「世界にはそうした国がごまんとあるとのことです」
「ごまんとでおじゃるか」
「左様です」
 信長は地球儀で知ったことを近衛にも話す。
「世界は広うございます」
「そうでおじゃるか」
「では今は南蛮の菓子を食い」
 そのカステラをというのだ。
「甘いものを楽しみましょうぞ」
「してそのカステラですが」
 今度は山科が言ってくる。
「若しよければ帝への献上したいのですが」
「それはいいことですな」
 信長も山科のその言葉にはすぐに乗った。
「我等だけ美味いものを食っては不忠でござる」
「そうでありますから」
「ですな。それでは」
 こうしてカステラを帝に献上することも決まった。この茶の席はとかく定められたこと、わかったことが多いものになった。
 それを確かめつつ茶を飲みカステラを口にした後で信長は今都での宿にしている本能寺において利休にこんなことを話した。
「公卿の方々と南蛮の者達の間の溝は深いのう」
「近衛殿と山科殿は幾分近付かれましたな」
「しかしまだまだ溝は深く広い」
 信長は袖の中で腕を組み難しい顔で述べる。
「そこが厄介じゃな」
「確かにそうですな」
「何度もこうして話をする機会を設けるか」
「そのうえでその溝を狭め浅くしていきますか」
「お互いに話をせねばわかるものもない」
 だからだというのだ。
「そうしていこう」
「時間はかかりますな」
「そうじゃな。しかしじゃ」
 ここでこうも言う信長だった。
「近衛殿も山科殿も決して暴虐の方ではない」
「はい、私もそう思います」 
 利休も静かに答える。
「お二人共心根のよき方々です」
「特に近衛殿は生贄と聞いて特に嫌悪を示されていたな」
「真に忌むべきものと」
「悪しき輩は生贄を好むものじゃ」
 信長はこれまで読んできた書からそのことを学びまた世にまだ残る邪法のことについても言うのだった。
「真言宗や天台宗は念じるものじゃがな」
「あれはあれでよいものだというのですね」
「両大師は間違いなくそれだけの才覚があった」
 空海も最澄も日本の仏教史にその名を永遠に残す才の持ち主だ。特に空海は日本の歴史において最大の天才の一人と言われている。
 その空海については信長もこう言うのだ。
「弘法大師は本朝屈指の高僧の一人じゃ」
「随一ではありませぬか」
「随一と言うには他にも高僧が多い」
 日本の歴史にはそれだけの僧侶も多く出ているというのだ。
「だからじゃ」
「お一人ですか」
「高僧の中のな」
「左様ですか。しかし高僧ですね」
「うむ」
 そのことは間違いないというのだ。
「その教義も隅から隅まで読んでもじゃ」
「邪なところはありませんな」
「全くな」
「真言宗は祈り曼荼羅等を用いますが生贄等の左道とは決して用いませぬ」
「そもそも弓削の道鏡もそうした術は使わなかった」 
 信長は道鏡についても正しく知っていた。俗に天下に名を残す妖僧であるがだ。
「生贄は左道の最たるものじゃな」
「全くです」
「近衛殿は左道をことの他嫌われた」
 信長もそのことを見ていて近衛のその本質を見抜いていたのだ。
「よき方じゃな」
「ですな」
「邪法を用いてまで何かをする御仁ではない」
「人を殺めてまでは」
「そもそも公卿の世界では陰謀は用いても命は奪わぬ」
 平安時代は政争に終始したが流されることが限度であり命を奪われるということはなかったのだ。 
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