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戦国異伝

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第九十四話 尾張の味その一


                   第九十四話  尾張の味
 朝廷から本能寺に帰った信長は暫くして夕刻の飯を食べることになった。その時にだ。傍にいた明智にこんなことを言ったのだった。その言葉はというと。
「御主は美濃にもおったな」
「はい」
「そして越前やこの都にもおったが」
「まずは越前のことをお話したいのですが」
 明智は丁寧な口調で信長に返す。
「そうして宜しいでしょうか」
「よい、では越前はどうじゃった」
「越前は他の場所はともかく一乗谷は都でした」
「都か」
「義景殿はとかく雅を愛されているので」
 そのせいでだというのだ。朝倉義景の都趣味が影響しているというのだ。
「料理もです」
「あの味か」
「左様でした」
「そうか。ではわしの口には合わんな」
 信長はそこまで聞いて静かに述べた。いささか残念そうに。
「その様じゃな」
「そして美濃ですが」
 続いてだ。明智は彼が生まれ今は織田家の本拠地となっているその国の話をした。
「あの国の味はやはり」
「尾張と似ておるな」
「はい、味が濃いです」
 そしてその味噌のことも言うのだった。
「味噌の味もです」
「赤くそしてじゃな」
「強い味です」
「醤油の味も違うのう」
「都の醤油は薄いです」
「味噌も醤油も違う。それではじゃ」
 同じ料理を作ってもだというのだ。
「味が違うわ」
「しかも全く、ですな」
「そうじゃ。だからわしは都の飯は好かぬ」
 信長は不満げな顔でこう結論付けた。
「どうにもな」
「やはり信長様にとって美味なものは」
「尾張の味じゃ。それを恥にも思っておらぬ」 
 それも全く、といった口調だった。
「何処が恥ずかしいか」
「では今宵も」
「どうせ都の味じゃ」
 もうだ。それは既にわかっているというのだ。
「水っぽいであろうな」
「味が薄いと」
「薄いにも程がある」
 あからさまにだ。信長は都の味を否定した。
「実際権六達も全く食わぬであろう、そのままだと」
「はい、そういえば」
「塩や醤油が足りぬ」
 無論他の味もだ。
「菓子も餡子が足らぬしのう」
「そういえば尾張では菓子も」
「うむ、甘い」
 餡子の使い方がだというのだ。
「都のものよりもな」
「そうですな。それではやはり都の菓子は」
「わしの口には弱いわ」
 そのだ。甘さがだというのだ。
「どうにもな」
「やはりそうですか」
「それぞれの国で違いがあるな」
 信長はこのこともわかってきていた。
「伊勢や大和、摂津でもそれぞれ味が違う」
「その地その地で色々と違いがあります故」
「それでじゃな。とにかくそれ故にじゃ」
「はい、味に違いがあります」
「うむ、その通りじゃ」
「ではそれでは」
「うむ。とにかくその料理人の料理を食おう」
 間違いなく都の味が出て来るとわかっていながらだ。信長は夕食を待った。明智が下がった後で暫くしてからそれが来た。そしてそれを食べるとだった。 
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