戦国異伝
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第九十三話 朝廷への参内その十二
「そこは怒るところではないわ」
「ですがそれでもその者も意地がありましょう」
そしてその意地故にだというのだ。
「都の料理で来る筈です」
「ではわしはまたまずいと言うな」
「さて、それはどうなるかは」
わからないとだ。利休は今はこう言った。
「わかりませぬな」
「ではわしが都の料理を美味いと言うというのか」
「それもわかりませぬ。ですが」
「しかしか」
「料理もまた勝負でございます」
利休は思わせぶりにだ。信長に言った。
「そうしたものでございますから」
「わしがその勝負にどう出るか、というか」
「そうでございます」
「言うのう。料理一つも勝負か」
信長はこのことを感じ取りだ。含み笑いになった。
そしてそのうえでだ。こう言うのだった。
「ではその戦喜んで受けよう」
「公方様の御前に赴かれる前に」
「うむ、受けようぞ」
こう言って朝廷を後にする。彼の帝とのはじめての会見は非常に満足のいくものだった。そしてこれがそのまま信長にとってまた大きな一歩となるのだった。
そして朝廷でもだ。帝はこう仰っていた。
「あの者ならば」
「この乱れた天下をですか」
「治められますか」
「そう思う」
好意の眼差しでのお言葉だった。
「必ずやな」
「では朝廷としてはですな」
「織田殿は」
「朕は認める」
帝はご自身のお考えを述べられた。
「そうすることにする」
「では我等も」
「そうさせて頂きます」
公卿達も帝に続く。だがここでだ。
山科は微妙な顔になりだ。こう言うのだった。
「問題は室町殿ですな」
「いや、室町殿も織田殿には世話になっていますぞ」
「何しろ将軍にしてもらったのですから」
「ですから不満なぞ感じてはおられますまい」
「それはとても」
「いえ、義昭殿はどうやら」
山科は義昭を見たことがある。そのうえで彼の本質を見抜いて言うのである。
「大人しい方ではおられませぬ」
「では動かれるというのですか」
「何かがあると」
「そうされるでしょう」
公卿達にだ。山科は帝の御前で語る。
「とはいっても今の幕府には兵もありませぬが」
「ではどうにもなりますまい」
「織田殿に手出しはできませぬぞ」
「織田殿は天下で最大の兵を持たれたのですぞ」
兵の数では優に十五万を超えている。尋常な数ではない。
そしてそれに対してだ。幕府はだというのだ。
「数千もおらぬでしょう、幕府の兵は」
「それでどうして織田殿と対することができるのか」
「我儘も言えぬと思いますが」
「しかし山科殿はそうではないと仰るのですか」
「左様です」
まさにその通りだと答える山科だった。
「幕府には確かにもう兵も土地も金もありませぬが」
「しかも人もいない」
「何もないではありませんか」
「しかしまだ持っているものがあります」
山科は真面目な顔で述べる。
「幕府の威光です。まだ僅かにあります」
「そしてその僅かな威光を使うというのですか」
「織田家と揉めた場合は」
「その威光を見て大義名分とする家が出たならば」
それならばだというのだ。
「織田家に対することができるでしょう」
「ううむ、そうなのですか」
「幕府にもまだ威光がありますか」
「そして織田家に対することができますか」
「あの有様でもまだ」
「全ては義昭殿次第ですが」
だがそれでもだ。義昭が何かしようとすればだというのだ。
山科はその場合のことを語る。だが、だった。
彼は毅然としてだ。こう結論付けるのだった。
「ですが帝のお考えは決まりました」
「うむ、織田家が天下を定めるべきじゃ」
「ならば我等もです。織田殿を見ましょう」
見る、それが即ちだった。
こうした話が信長が去った後の朝廷で為された。都においては織田家や幕府だけではなかった。
朝廷もあり朝廷は朝廷で考えていた。そうした複雑な、麻糸の如く絡み合った政がそこにあった。
第九十三話 完
2012・5・29
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